神戸学院大学

人文学部

第1回大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ2024「花や今宵の主ならまし ―平家物語と忠度塚―」が開催されました

2024/05/24

講演する中村准教授
講演する中村准教授
資料を見せながら話す中村准教授
資料を見せながら話す中村准教授
休憩時間に資料の周辺に集まった参加者
休憩時間に資料の周辺に集まった参加者
参加者との質疑応答
参加者との質疑応答

人文学部地域研究センターは5月18日、一般向け講演会「大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ」を明石市のあかし市民図書館で開催し、中村健准教授が「花や今宵の主ならまし ―平家物語と忠度塚―」の演題で講演しました。今回は同図書館「地域学講座」との共催となり、研修室がほぼ満席になるほど多くの参加者にお越しいただきました。以下は講演の概要です。

平忠度(1144-1184)は『平家物語』にも登場する平家の名将で、和歌に心をかけるあまり、都を去るにあたって師・藤原俊成(1114-1204)に歌稿を託し、そのなかから『千載和歌集』(1188)に「さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな」の一首が入撰したこと、また一ノ谷の合戦で西の手の大将として奮戦し、片腕を切り落とされて岡部六弥太(?-1197)に討ち取られたこと、さらには死後、箙(矢を背負うための道具)のなかから「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし 忠度」という歌が見つかって身元が分かったという逸話などが有名です。

『平家物語』には忠度討ち死にの場所、またその遺骸についてはごく曖昧(あいまい)にしか記されていませんが、江戸時代前期、すでに延宝(1673-81)のころには、明石に「忠度塚」なる遺跡が存在しました。忠度の墓と伝える遺跡は神戸市長田区にも存在し、最初はそちらのほうが有名だったようですが、明石藩主・松平忠国(1597-1659)が「今はただのりのしるしに残る名の苔にきざめる名こそ朽ちせね」(今はただ忠度という名前が、仏教に帰依したしるしとして、この墓石に刻まれ苔むしている。しかし忠度の名声は永遠に伝わるであろう)という歌碑を立て、さらに1742年、明石藩の儒者であった梁田蛻巌(1672-1757)の「平忠度を弔ふ文幷びに序」を記した石碑が建立され、周辺が整備されるにしたがって、次第に明石の名所として地位を確立してゆきます。

現在でも忠度塚の二つの石碑は地域の方々の手によって大切に管理保存されています。惜しいことに蛻巌の碑は石材の劣化が進み、阪神・淡路大震災による欠損も生じたために、ほとんど読み取れない状態になっていますが、その内容は碩儒・蛻巌にふさわしい力作といっていいでしょう。はじめに忠度塚の由緒について記し、次いで「平家は平清盛らが権勢をほしいままにし、暴虐を尽くしたために、天命によって滅んだ。いわばそれは歴史の必然であって、個人の力ではどうしようもないことであった」という厳しい歴史観が示されます。その上で蛻巌は、忠度について風流を解するすぐれた人物として讃え、しかしそのような忠度をもってしても歴史の大きな流れは変えられなかったのであり、そこに忠度の悲劇がある、と論じます。碑の末尾にある「傾廈支ふべからず、覆木培ふべからず。ゆゑに夫子をしてこの荼毒に甘んぜしむ。蒼天、蒼天、之を何とか謂はんや」(くずれかかった家は一本や二本の柱では支えきれない。倒れた木はいくら根元に土をかけても生き延びられない。歴史の趨勢は個人の力ではとどめられない。だからこそ、あなたはかかる悲劇を味わうことになったのだ。ああ、天よ、この不条理に何といえばいいのか)は、まさに忠度にとって知己の言というべきでしょう。

このように忠度塚が有名になったことによって、明石ではそれに付随した史跡が「創出」されていったようです。たとえば、山陽電鉄人丸前駅の付近を流れる「両馬川」は忠度と岡部六弥太が組み討ちをした場所として知られますが、これは能『忠度』の「六弥太やがてむずと組み、両馬が間にどうと落ち」から取られたもので、明らかに室町以降(おそらくは江戸時代)の伝承と察せられます。しかし、こうした忠度関係の史跡が増えてゆくことで、浅井幽清『摂津徴』(1870以降か)になると「忠度の墓が明石にあることは世間の人がみな知っている」とまで記されるようになったのでした。忠度と明石の縁は、こうした地域の人々の努力によって、深く、固いものへと成長していったのです。

講演後、実施したアンケートでは、内容に「非常に満足」「おおむね満足」とする多くの回答が寄せられました。人文学部及び地域研究センターでは、学術的な調査研究に基づき神戸・明石地域の分析を行うとともに、その成果を分かりやすいかたちで広く地域や社会に還元することを目指しています。「大蔵谷ヒューマンサイエンスカフェ」はそのような活動のなかでも、特に「明石」という地域性を重視した取り組みです。講演会やワークショップなどのかたちで、これからも継続的に催しを行っていきたいと考えていますので、1人でも多くの方々に参加していただければと願っています。

なお、本学では「2024 Green Festival」の一環として、6月22日(土)に観世流の能『忠度』(シテ 観世喜正)を上演します(第464回公演)。能『忠度』は一ノ谷の合戦に取材した世阿弥の名作で、忠度の遺骸を葬った桜の木のもと、一夜、亡霊の繰りひろげられる幻想的な情景を描きます。ぜひご覧いただきたく、ご来場をお待ちしています。

■2024 Green Festival 観世流 能『忠度』(解説付き)
2024年6月22日(土)午後2時~ 【無料】・【事前申込みが必要です】
チラシはこちら: 
参加申込みフォームはこちら
 
■能『忠度』関連プレ・イベント「能の世界に触れてみよう」
6月14日(金)午後6時~7時30分 会場:本学三宮サテライト(ミント神戸内)