特別座談会(2)
心理学専攻が期待する人材とは
学卒・社会人を含め多様な人材を幅広く受け入れる
清水教授:心理学は、必ずしも学部から上がってくる学生だけが勉強したいと考えているわけではなく、むしろ社会的な経験が豊富な方が、その経験に基づいて、もう一度一から勉強したいと考えている場合が実は多いのです。例えば子育てを終えた方や、あるいは学校の先生をされていた方、普通の企業でビジネスマンとして特に人事管理などに携わっていた方などが、もう一度勉強し直す場として心理学を利用していただきたいと考えています。また、今現在、例えば聴講生、科目等履修生、別の分野でキャリアを積んでおられる大学院生などが、もう一度心理学で、自分が今までやってきたことを見つめ直して勉強したいという方に対しても、十分門戸を開きたいと考えています。座談会の様子先ほど申し上げましたが、われわれ教員は全員、何らかの臨床関連の資格を持っています。さらに、医者であったり、前職では大学以外の場、例えば病院、教育センター、鑑別所などでキャリアを築いてこられた教員が数多くいます。皆さん外部とのつながりを持ちさまざまなネットワークを持っていますので、研究科生が社会人の方であっても十分対応ができるわけです。
日髙教授:実際、学部には教員より年上の学生さんも在籍しておられます。今回の心理学専攻に入学が決まった方の中には、社会人入試で入学が決まった美術の専門家の方などもおられます。社会人入学生の存在は現役学生の大きな刺激になると思いますし、われわれ教員も勉強になります。
吉野教授:私の周りを見ていても、実際にずっと実践の現場で働いてこられて、例えば病院でさまざまな治療を経験してきたという方でも、定年近くになって、経験によってこれまで蓄積してきた膨大なデータをどうやってまとめ上げたらいいのかということに戸惑って大学院座談会の様子に入った方がいらっしゃいます。このように、さまざまな現場で働いてきた方が、大学に戻ってくるという現象が昨今ずいぶん多くなってきています。また、子育てが終わったときなど、人生の区切りにおいて自分の集大成をまとめたいというときに、心理学の手法を用いて自分の体験をまとめ上げることも可能です。このように、一般の方にとっても心理学はとても入りやすい学問だと思います。
清水教授:そうしたことに関連してですが、人文学部の入学試験も、社会人としてのご経験や、あるいはキャリアなども考慮に入れて選考する社会人枠を若干名設けました。
吉野教授:私は、新卒ですぐに大学院に進学する、あるいはリタイアされた方がもう一度入学されるというケース以外でも、現役でばりばり働いておられる方が一定のキャリアを積んだ後に、再学習の場として、もっと大学が使われていいと思っています。ただ、今の日本の社会の中ではなかなか実現が難しいので、企業などが、例えば1年とか2年とか、社員が大学に戻って、そしてトレーニングをしてまた戻れるというようなシステムが構築できると、大学がもっと社会で有効に機能できる場になると思います。
日髙教授:この春、学部を卒業する看護師の方で、卒論の研究に大学生の睡眠について調べていらっしゃった方がいました。この方の場合は、卒業後は大学院に進学せずに再び病院に戻るそうですが、病院に何年か勤めた後に、もう一度、今度は大学院に入りたいと思ってくれる方がいらっしゃることを願っています。そうすることで、社会と密接に結び付く大学院ができるものと期待しています。
石﨑准教授:大学院を目指す学生に対しては、もっと勉強したいという人に来てもらいたいという思いがあります。例えば、臨床心理士を目指す場合、必要な科目がとても多いのでその勉強をするだけでもかなり大変です。必要科目の勉強だけで終わってしまう学生も多いと思いますが、本学の場合、犯罪心理学であるとか医療関係の心理学であるとか実にさまざまな科目を選ぶことができます。本当は、そうした幅広い勉強が身に付いていれば、臨床心理士になった後も絶対にその知識は役立ちます。そうしたことからも、もっと学習したいという意欲のある人は、ぜひ心理学専攻に入ってきてほしいと思います。
清水教授:もともと、人文学部心理学科も科目数は多い方です。現職の弁護士の先生にも来ていただいていますが、一見心理学と法律と関係なさそうに思う方も多いと思います。しかし、現実の社会は、さまざまな法律を運用することでうまく秩序が保たれている側面もありますので、心を取り扱うさまざまなトラブルを解決してくれるのが法廷の場である場合もあるのです。心理学も、そうした現実の仕組みの中で考えないといけないということを学生には分かってほしいと思っています。現職の弁護士の先生に授業をしていただいているのは、そうした理由によるものです。それから、もう一度、自分であれ他人であれ命を大切にすることの意味を、心理学の枠組みと関係させながら学生に学んでほしいとも思っています。以上のように、心理学専攻は、さまざまな領域と関連させながら幅広く学べるところだと思います。教員は、そうした多岐にわたる領域を意欲を持って学習しようとする学生に、できるだけ応えていかなければならないと思います。
地域社会との更なる結びつきを目指して
もっと社会へ、もっと地域へ“自分探しに終わらせない”教育を
清水教授:もともと、人文学部人間心理学科自体がかなり実習のトレーニングが豊富なため、学内にある実習施設にもそうした姿勢が反映されています。実習施設は、例えば、脳の問題や非行の問題などを研究する際に、3年次生などでは、赤ちゃんを連れたお母さんを施設に招いて、学生がお母さんと実際に話をする機会を設けるなどさまざまな実習に利用されています。また、学外に出向いて、少年院や保育所、病院などでの実習も実施しています。病院での実習は、学部の教員に医師が在籍しているため実現が可能なのです。このように、実践的な実習が学部ですでに実施されているため、その上に位置する大学院では、それ以上にきちんと社会と結び付いた実習教育を実施しなければならないと思っています。もちろん、併設される心理臨床カウンセリングセンターで教育臨床は行われますが、心理学系においても実践応用、つまり、社会の利用可能性とか応用可能性なども同時に考えなければ、これからの心理学は成り立たないのではないでしょうか。
日髙教授:学部ですでに行われている社会とのかかわりといえば、私は、24時間365日、電話がつながる「いのちの電話」のボランティア活動をしているのですが、そこに学部の学生が電話相談業務のボランティアとして働いています。また、近隣に、昔の性教育のように一方的に教えるのではなく、“性の自律教育”という、高校生に自分で自立的に考えさせるというテーマで教育を行っている高校があるのですが、石﨑先生の専攻のゼミでは、ゼミの学生を、そうした現場に指導員としてボランティアで派遣するというユニークな試みも実施しています。
石﨑准教授:そうした活動自体は、社会貢献活動のひとつとして、われわれが高校生に対して何か貢献していきたいという思いから実施しています。大学院との関連では、そうした学生たちは全員ではないのですが、大学院進学後はできれば臨床心理士になりたいという学生が多いので、臨床的なトレーニングの一環にもなっているわけです。このケースは、高校の要請に応じたものですが、高校と教育委員会の担当者にはかなり好評をもって迎えていただいています。
吉野教授:心理学というと、自分探しの心理学のように考えて入る学生が多いのですが、そうした学生に対して、私たちはまず最初の1年に、心理学は自分探しだけじゃないよ、という考え方を教え込みます。心理学は“自分探し”ではなく、社会とどうつながっていくかということだ、と。学部ができた4年前には、学生にそう認識させることから始まりました。大学院という場であればなおさら、自分の技術や知識などというものをベースにし、そのスキルを社会に広げていくということがもっと大事になってくると思います。
日髙教授:“自分探しに終わらせない”という学部人間心理学科開設時のフォーラムのポスターが、まだ誰もはがそうとしないでそのまま置いてありますね(笑)。
清水教授:“自分探しに終わらせない”という目標は、われわれにとっても大きな目標です。この度、初めて人文学部人間心理学科から卒業生を出します。社会貢献というような硬い言葉が合うのかどうか分かりませんが、全く吉野教授のおっしゃった通りだと思います。とにかく、私自身が個人的に思っていることは、大学は研究でも最先端の高度な研究をする、教育でも非常にレベルの高い教育を提供する、ということでしょうか。地域活動や社会的な面でも十分役に立って貢献できるようにしたいです。教員が個別に活動せず、それぞれ得手不得手はあるとは思いますが、それでもお互いに手を携えて、教育と研究、そして地域活動を連帯して押し進めていかなければならないと思います。そうすれば、学生にも活気が生まれ、地域の人からも重宝がってもらえる、ということではないでしょうか。