「生物多様性保存と地球環境問題について ~保全活動の現場から学んだこと~」
【講演会】
「生物多様性保存と地球環境問題について
~保全活動の現場から学んだこと~」
- 日 時:
- 5月10日(土) 13:00~14:45
- 場 所:
- 神戸学院大学ポートアイランドキャンパスB号館
- 講 師:
- 坪内 俊憲 氏(星槎大学共生科学部 准教授)
坪内准教授は、これまで、フィリピンではワニ、モンゴルではオオカミといった発展途上国における野生生物の保全に関わってこられました。ワニやオオカミなど絶滅が心配されているが人間にとって有害な生物を、人間社会との共存を図りつつ保全するにはどうすればよいのか。ボルネオの森林が伐採され油ヤシのプランテーションに取って変わることで固有種のゾウなど貴重な動物が絶滅の危機に瀕している状態をどのように改善すればよいのか。講演会では、こうしたさまざまな課題について、保護と保全との違いを説明しながら、生物多様性の保全に人間社会がどう向き合って行けばよいのかを話していただきました。
講演会より
星槎大学共生科学部
坪内 俊憲 准教授
私はこれまで、フィリピンのワニやモンゴルのオオカミ、ボルネオのゾウやオラウータンなど、さまざまな野生動物の保全活動を行ってきました。当初、私は野生動物の“保護”を目的に活動していました。しかし、途中から“保全”へと方向転回を図ることになりました。そのきっかけになったのが、フィリピンでの経験です。
1980から93年まで、私は国際協力事業団(JICA)の実施しましたフィリピンのワニ養殖研究所プロジェクト(Crocodile Farming Institute: CFI)に派遣され、ワニの保全活動支援を行っていました。私が現地を訪れた当時、ワニの数は減少していて1,000ほどしか生息しておらず、ほとんど絶滅寸前でした。そこで、当初私はワニの“保護”を第一に考え活動を始めたわけですが、ワニは現地の住民にとっては人間を襲う危険な動物です。保護をするということに対して大変な抵抗にあいました。その結果、ある時期から“保全”へと方向転換を図ることにしたのです。地元の人たちが利用できない動物蛋白源、例えば死んだ家畜の肉を利用して、ワニの養殖を行い、ワニの皮を輸出して地元に経済的利益をもたらし、その結果、ワニを保全するということにしました。即ち、ワニの皮の持つ高級ハンドバックの原材料としての経済的価格を使って、ワニを保全するという計画です。養殖して育てたワニの1割を自然に戻し、残りを皮として利用することです。ワニは野生では約9割が大人になる前に死んでしまうので、全体の1割でも自然繁殖している状態と変わらないのです。残念ながら、フィリピンではこの計画を全うすることはできませんでした。しかし、パプアニューギニアなどでは、こうした方法を実施するとワニが地元の人々に経済的な利益をもたらし、その利益で学校を建てることができるなど自分たちの生活に還元されるということで、現在ではワニを保全できるようになりました。オーストラリアでも、同様の試みを実施した結果、ワニの個体数が完全に復活しています。このように、人間の営みを妨げず自然との両立を図りながら生物多様性を維持していくことが、可能であることを経験しました。そこから、保護とは価値あるものを守るということ、保全とは価値あるものを管理、利用して、長い間維持するということであることを学びました。
現在、マーガリンなどの食品から洗剤、化粧品まであらゆる製品の原材料に使用されているパーム油というものがあります。このパーム油は、油ヤシという植物から採取されているのですが、この油ヤシの大規模な植林によってボルネオなど東南アジアの国々で森林が伐採され生物多様性が脅かされています。近年、こうした状況を改善するため、パーム油を利用している先進諸国の企業からも、利益を原産地に還元する動きが広まりつつあります。現在、私の活動のメインでもある組織「ボルネオ保全トラスト」に、製品の売上金の一部を寄付してもらっています。こうして売り上げの一部が「ボルネオ保全トラスト」の活動資金となり、その資金で隔離分断された保護区の生態系をつなぐため、重要な土地を買い取ることでオラウータン、ボルネオゾウなど野生動物を保全することができるという仕組みです。そして、オラウータンなど野生動物を観光利用することで利益が地元民にもたらされ、住民たちにも野生動物の住む森を保全しなければという自覚を生み出すという活動です。
これまで私たち人間は、自分たちの生活のためにあらゆる地球上の資源を利用してきました。そうした行為の結果、急速に生物多様性が損なわれています。私たちの衣食住すべてを生み出している生物多様性が保たれ、はじめて人間の生活が維持できるのです。つまり、人間も有限の地球生態系の中の1つの種であり、野生動物の命をつなぐことは、人間の命をつなぐことでもあるということをしっかりと各自が受け止め、生物多様性を保全しなくてはなりません。私たちも生態系の中で生きているという自覚を持ち、自然や野生動物を排除するのではなく共生するという価値観を、世界が共有しなければならないと思います。