2020年9月 人の思考の特徴を解明し社会問題の解決に役立てるin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 人の思考の特徴を解明し社会問題の解決に役立てる 長谷 和久 Nagaya Kazuhisa 心理学部 講師
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 人の思考の特徴を解明し社会問題の解決に役立てる 長谷 和久 Nagaya Kazuhisa 心理学部 講師

判断や意志決定を左右する「認知バイアス」

私が研究しているのは、人が何に価値を置いてどんな判断を下すのか、判断や意志決定の特徴です。人の思考は個人個人で異なっていると思われがちですが、実は多くの人に共通する一定の特徴があり、認知心理学や社会心理学の分野でその詳しい解明が進んでいます。

そうした思考の特徴を説明した理論の一つに、二重過程理論があります。これは、私たちがものごとを考える経路には、即座に働く思考で直感的・感情的な判断を下す「システム1」と、ゆっくり働く思考で分析的・論理的な判断を下す「システム2」という2つの思考様式があると想定する理論です。両者は同時に働き、互いに影響し合って思考を形成していますが、どのような判断や意志決定をするのかでどちらが優勢に働くかの違いがあります。たとえば、相手の表情を読み取って「あ、怒らせたかな」などと判断するのはシステム1の得意とするところで、すぐに答えの出せる問題を考えるときには優勢になります。一方、「14×27」といった計算などじっくり考える必要があるときにはシステム2が優勢になるのです。システム1には、常に自動的に働き素早く直感で判断を下す反面、間違いを犯しやすく、かつ間違ったことに気づきにくいという特徴があります。この間違いを、思考や判断のゆがみ、という意味で「認知バイアス」と呼びます。

認知バイアスの例をあげてみましょう。「スマートフォンとケースが合わせて1100円で売っており、スマートフォンはケースよりも1000円高いです。スマートフォンとケースはそれぞれいくらでしょうか。」という問題があります。多くの人は、スマートフォンは1000円、ケースは100円と答えてしまいますが、よく考えるとスマートフォンが1050円、ケースは50円であることがわかります。このように、直感的な判断は間違いやすいのです。

では、コンビニエンスストアと美容室ではどちらがたくさんあるか、という問題はどうでしょう。コンビニと答えてしまいそうですが、実際は美容室のほうが5倍ぐらい多いです。コンビニは普段からよく利用し、多くの場所に点在することからイメージしやすく、つい誤った判断をしてしまうのです。もう少し深刻な判断ミスの例もあります。アメリカの調査で、糖尿病で亡くなる人は年間どのくらいの人数だと思うかと聞いたところ、実際は年間1万人以上(調査が行われた当時)なのに1000人程度だと過少に評価されました。一方、竜巻で亡くなる人は年間100人程度なのに、1000人近く亡くなっているだろうと過大に評価されたのです。糖尿病で亡くなった人は報道されませんが竜巻発生はニュースになるため、危険性を高くとらえてしまったのです。先ほどのコンビニと同じく、イメージのしやすさが判断をゆがませるという認知バイアスがあることがわかります。

人々の防災行動につながる情報提示とは

私は、人の思考の基本的な特徴を解明するのと同時に、その応用について研究を進めています。たとえば、人が行ってしまいがちな判断エラーがあるなら、それを避けるようにしたり、逆手にとって活用したりする具体的な提案で、社会に役立てることをめざしています。

主に取り組んでいるテーマの一つが、何かを失うことのほうが何かを得ることよりもより大きなインパクトを感じるという人の思考の特徴で、「損失回避」と呼ばれるものです。最近、他の研究者のデータを集めて分析した結果、失うことは得ることの1.7倍のインパクトがあるとわかりました。500円失うショックは、800円もらう喜びより大きいということになります。

この損失回避は、モチベーションを高めるのに応用できます。私が行った実験では、20問の問題を解いてもらうのに、一つのグループには正解のたびに5ポイント獲得でき最大100ポイントになるという条件、もう一つのグルーブには最初に100ポイント与えられて不正解のたびに5ポイント失うという条件を与えて比較したところ、課題に取り組んだ時間の長さでも正解の数でも後者の方が良い結果が出ました。損失ばかりに着目するとネガティブな感情を引き起こすこともあるので注意が必要ですが、ここぞ、という時には損失に目を向けて自分を追い込み、モチベーションを上手に高めていくことも可能です。

防災に応用した研究も進めています。近年、日本では甚大な被害をもたらす自然災害が多発していますので、多くの人が実際に防災行動を起こせるよう、実効性のある防災政策の立案に役立てられればと思っています。たとえば、防災政策を市民に支持してもらえるコミュニケーションのあり方についての研究もその一つです。水道施設の耐震補強が必要なことはわかっていても、改修コストを負担することに抵抗を感じる市民が多いという現状があります。そこで、どのようなメッセージをどう提示したら支持を得やすいのか、400人近くを対象にした大規模な調査を行いました。その結果、耐震補強をしないと、大地震の発生時に「清潔な水を飲めなくなる」「断水し汚染された水を飲むことになる」といったネガティブな結果を提示したほうが支持を得やすいことがわかりました。

防災行動を促す情報は、みんなに同じ内容で提示されるのが一般的です。しかし、それを知ってどのように行動を起こすのかは、人によって違います。今、医療などにおいても一人ひとりに合ったテーラーメイドという発想が取り入れられてきていますが、今後は、防災情報も同じように個人の思考や判断の特徴に応じて提供されることが重要になってくるでしょう。そのためにも、損失回避をどこまで重要視するのかなど思考や判断の個人差を測定できる尺度を開発し、各個人に合った情報を届けることが私の目標です。

身近なテーマが詰まった研究領域

私は学生時代、東日本大震災の前後で人々が恐怖を感じる津波の高さがどう変化したのかを探る調査に興味を持ちました。たくさんの人が津波で亡くなったのだから低い津波でも恐怖を感じるようになるはずなのに、実際は、震災後のほうがより高い津波でないと不安を覚えなくなったという結果でした。震災当時、10メートル超の津波といった報道が継続的に行われており、人々はその数字につられて、低い津波に対する不安感を失っていったからでした。予想とは違った答えが出ることやその原因を探る面白さを知ったことがきっかけで、社会心理学や人の意思決定過程を専門に研究することにしたのです。

人の思考が研究対象なので、その範囲は本当に多岐にわたります。たとえば、新型コロナウイルス感染拡大で、感染した人を責めるという風潮が大きな問題になっていますが、このような行動の理由も社会心理学の観点から検討されています。多くの人は、善いことをした人には良いことが起こり、悪いことをした人には悪いことが起きると信じています。実際はそうでもないことが多いのですが、世界にはそのような秩序があると信じようとする認知バイアスが働いているのです。そのような思いが強いと、何の罪もない人が苦しむという理不尽な現状を受け入れられません。それで、苦しんでいる人には苦しむだけの理由があったという判断ミスを起こし、感染者を非難してしまうのです。本学で地域の方向けに開講している土曜公開講座では、このような社会心理学に関わる身近な話題や私自身の最新の研究成果をわかりやすくお伝えしています。

人の思考の特徴をより掘り下げて解明していくとともに、まだ見つかっていない認知バイアスを自分の手で見つけ出したいという目標も持っています。人の思考が犯しがちな失敗を明らかにして正しく伝え、差別や偏見などの問題の解消につなげたり、人々の生活が豊かになるようなコミュニケーションの確立に役立てたいと思っています。

Focus on lab
―研究室レポート―

4年次生のゼミでは、日常生活で感じる「なぜこうなるんだろう」という疑問に敏感になることが大事だと指導し、学生自身が興味を持ったテーマについて研究することを尊重しています。「どういう人が魅力的に映るのか」「ネットショップにおける効果的な訴求の仕方」「組織における信頼感の醸成」「アナログ時計を使った動機づけ」「商品の中身やパッケージと消費意欲の関係」など、柔軟な発想によるユニークな研究が行われています。今後は、現場での実地調査を積極的に取り入れていくつもりです。たとえば、購買意欲につながる商品陳列や見せ方についての仮説を小売店やオンラインショップの調査分析によって実証するといった経験から、思い込みに支配されず科学的な調査でデータから確かな結論を導く、社会に出てからも生かせる力を身につけてほしいと思っています。

プロフィール

2014年 同志社大学心理学部 卒業
2016年 同志社大学大学院心理学研究科修士課程 修了
2020年 同志社大学大学院心理学研究科博士後期課程 修了
博士(心理学) [2020年3月(同志社大学)]
2014年-2017年 同志社大学心理学部 ティーチング・アシスタント
2018年~ 神戸学院大学心理学部 講師

Information

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日 時 10月17日(土)13:15~14:45
場 所 ポートアイランド第1キャンパス D号館1階 D101講義室  キャンパスマップはこちら
講演テ-マ 「私たちの思考の癖を探る-判断と意思決定の心理学-」
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