2009年10月
人類学の視点で平等主義を研究
10数回のアフリカ調査で狩猟採集民とともに暮らす
研究室のドアを開けて足を踏み入れると、おびただしい書籍と資料の山のなかにアフリカの土俗的な仮面が無造作に置いてあるのが目に止まる。「いらっしゃい」と、笑顔で迎えてくれた寺嶋教授が手に持っているのは小さな箱のような楽器で、薄い金属棒を指ではじくと耳に心地の良いじつに不思議な音がする。研究室に遠くアフリカの空気が漂う。
ギロリとした表情の仮面も不思議な音を出す楽器も、教授がこれまで何度も研究に訪れたアフリカ各地から持ち帰ったお土産だ。1976年から77年には、旧ザイールのコンゴ民主共和国で乾燥疎開林に住むピグミー系狩猟採集民ムボテ族、1978年から熱帯森林に暮らすエフェ・ピグミーや農耕民レッセ族を調査。1991年以降はコンゴ共和国北部の湿地帯に住むアカや、カメルーン南部の熱帯林のバカなどのピグミーを訪ね、彼らと生活をともにしながら「生態人類学」的な視点でさまざまな調査活動を行ってきた。
生態人類学とは、要約すると、ヒトの社会や行動の進化的起源を探るために、人間の暮らし(文化や社会)が自然な環境とどう適応してきたかなどを、幅広い領域におよんでアプローチし科学的に検証する研究だ。アフリカへの調査行は、学生時代から通算して10回以上、ときには8ヵ月にもおよぶ長期滞在もあったという。教授はこれらの調査を通して、狩猟採集民が自然をどう認識しているのか、あるいはヒト以前の霊長類から人類への進化のモメント、そしてライフワークともいうべきテーマとして、「人類社会の基盤としての平等性の問題の探求」に取り組んでいる。
終始、にこやかに話す教授だが、おだやかな表情の向こうにはピグミーと生活をともにしたフィールドワーカーとしての強靭さがある。
ピグミーに学ぶ共生のルールと平等主義
教授の大学時代は、理学系の人類学を専攻し、その後、文化的生物として、人間の集団行動や、民族的な研究を行う生態人類学に取り組むようになる。国立民族学博物館客員教授も務めた教授は、人間に備わった特徴のひとつとして「平等にこだわること」を挙げる。たとえば、都会でたくさんの人々と一緒に暮らせることは、人間の偉大な能力のひとつで、それは「あなたもわたしも同じ」という平等への意識が根底にあるからだという。しかしその裏返しに「不平等」や「差別」が存在することも事実であり、折りしもそれらは格差社会といわれる今日の社会が直面している深刻な問題でもある。
平等は、一方で実現しようとすると他方で不平等を生んでしまうなど、多面的な問題を含んでおり、平等をめぐる研究はさまざまな分野で行われている。この平等、不平等という問題を人類学の観点から光を当てて考えてみることが教授の主要な研究で、その手がかりをアフリカにわずかに現存する狩猟採集民の生態や生活に見出そうとしているのだ。なぜなら、狩猟採集民の大きな特徴で、彼らの社会を成り立たせているのが「平等主義なのです」と教授はいう。
狩猟採集民はバンドという小集団をつくって暮らしている。「この集団に権力者は存在しません。老若男女みな同じ扱いなのです。食べ物はそれぞれの家族に平等に分配され、平等に消費されます。個人の所有物にもほとんど差がありません」。教授がアフリカのピグミーと生活して目の当たりにしたのは、全員が「分かち合う」という共生のルールのもとに営まれる平等主義の社会だった。このような平等主義は、「霊長類の進化の過程で獲得され、ヒトへの進化において決定的に強化された人間の根本的な特性であるということができます」と教授は結論付ける。
平等が果たす役割について、地域に学び、地域に生かす
大学での教授の指導は、学生たちに人間の平等や不平等、共生の意味や人とのつきあいについて体験を通して理解させ、さらに科学的に地域社会の仕組みや伝統の力を検証するというものだ。それにはフィールドワークによる徹底的な調査が欠かせない。そんな取り組みの一例に、地域行事への学生の参加がある。
明石市大蔵本町に、稲爪神社という古い神社がある。推古天皇の御代にはじまるといわれる神社では、毎年10月の秋祭に、古くから伝わる牛乗り神事や勇壮な獅子舞が披露される。これらは市や県の無形文化財に指定されている郷土の貴重な文化遺産である。この祭に、学生たちも例年参加している。教授は「地域と大学の共生プロジェクトの一つで、学生たちは地域のさまざまな行事に積極的に参加しています。学生の参加が祭を盛り上げるのに一役買っています」という。若い参加者が少なくなるなかで学生たちは、祭の貴重な担い手になっているのだ。
しかし、学生はただ祭に参加するだけなのではない。「伝統を守り継ぐ一方で、祭は世代性別を超えた共同、協働、連帯の場でもあり、学生たちには祭を通じて人とのつきあいや、平等について学んでほしい」と教授がいうように、それは人々が楽しみを共有し、共生する環境を、地域のなかに入って見、聞き、感じるものだ。いまの学生にとっては、貴重な「学びの場」でもあるのだ。さらに、祭を通して高齢化や子どもたちの事情、地域の隣人関係の変化など、地域が直面している問題も見えてくる。
こうした地域の問題をとらえ、多様な人々が共生できる環境や社会をどうしたら実現できるのか、学生には「そういうことを身をもって考えてほしいのです」と教授は話す。たしかに平等の実現は極めて困難だ。しかし、そのためにできることを地域とともに考え、一つずつでも実行していくことが大学の大きな役割の一つでもある。「研究の成果を手がかりに、平等が果たす役割について考え、少しづつでもそれらを地域社会に生かすことができれば」。笑みを浮かべて教授はそう胸の内を語った。
休みの日には、趣味の自転車で地域をロードサイクルするのが楽しみと話す。さすがフィールドワーカー、行動派の教授である。
プロフィール
1973年京都大学理学部を卒業(理学士)し、1975年に京都大学大学院理学研究科 動物学専攻 修士課程修了(理学修士)。1978年、京都大学大学院理学研究科 動物学専攻 博士課程を単位取得退学後、1979年に理学博士(京都大学)。1980年~1991年、福井大学教育学部助教授を経て、1992年より現在まで、神戸学院大学人文学部教授。1997年~2001年まで国立民族学博物館客員教授。
主な研究課題
- アフリカ狩猟採集民や沖縄の沿岸漁民の生態人類学的研究
- エスノ・サイエンス(民族科学)についての研究。とくに野性植物利用の研究
- エガリタリアニズム(平等主義)に関する人類学的研究
第58回 土曜公開講座 人文学部開設20周年記念「くらしの文化・こころの健康」
- 時 間: 14:00~16:00
- 場 所: 有瀬キャンパス 9号館1階 911講義室
- 受講料: 無 料
月 日 | 講演テ-マ | 講 師 |
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10月31日 | 平等という文化の進化 | 人文学部 人文学科 寺嶋 秀明 教授 |
11月21日 | 近代の明石への小旅行 | 人文学部 人文学科 矢嶋 巌 講師 |
11月28日 | 「トイレ」から文化を学ぶ | 人文学部 人文学科 水本 浩典 教授 |
12月5日 | 心理臨床とアートセラピー | 人文学部 人間心理学科 山上 榮子 講師 |