2009年9月
「社会参加する心理学」をモットーに、心理臨床カウンセリングセンター長として 地域の人とこころをサポートする
社会参加する心理学が持論の、
行動する心理学者
有瀬キャンパスの広い敷地の一隅に「心理臨床カウンセリングセンター」と書かれた施設がある。大学附属としては神戸より西では数少ない施設である。開設したのは2007年の10月。以来、このセンターは「地域に根ざした大学」を目指している神戸学院大学と、地域の人びととの心をつなぐ窓口になっている。
このカウンセリングセンターのセンター長を務めるのが、人文学部人間心理学科で教鞭をとる日髙正宏教授だ。日髙教授は心理学でも、臨床心理学の分野で「人間の心のケア」と40年以上の長きにわたり真正面から向きあってきた、実践的な心理学者。「社会参加する心理学」が教授の持論で、学生たちにも「なにより大切なことはクライアントさん(相談に来た人)の役にたつこと」を臨床心理学を学ぶ者の使命として説く。
センターを訪れるのは、心に問題や悩みをかかえた人たちだ。年齢も身分も悩みの内容もさまざまだ。小さな子ども、学生、若いお母さん、会社員...。不登校、虐待やいじめ、子育て、家庭や職場の人間関係ほか、誰にも相談できずに一人で悩んでいる人たちが、センターにやってくる。地域の人はもちろんだが、センターの話を聞いて遠方から来る人も少なくない。教授は「センターは何でも相談できる親戚でありたい」という。そして「我々カウンセラーは昔でいう近所のおっちゃんやおばちゃん、そう思ってくれたら」。
快活に言い放つ教授だが、胸中には「社会の現実を、だまって見過ごせない、放っておけない」という強い気持ちがある。センター開設の経緯もまさにそこにあった。
地域の人をささえ、地域を元気にするために、
大学にできることがたくさんある。
現代が「病んだ社会」といわれて久しい。教授は「現代人は大変なプレッシャーとストレスのなかで生活している。その一方で、社会はプライバタリゼーション(個人化)が進んで人と人の関係が希薄になっています。悩みを打ち明けられる人間関係が失われつつある。それゆえ悩みを一人で背負い込んでしまうのです」と指摘。それが今日の社会の一側面だ。
かつて地域内でみられた相互扶助機能や、近隣のおっちゃん、おばちゃんが姿を消して教育力が低下し、人と人との関わりは薄れて人は孤立化する一方である。その傾向は人間関係が濃い下町でもそうで、有瀬キャンパス周辺のような郊外に新しくできた街は地域の人と人のつながりは薄い。さらに、社会の多様性はより複雑でデリケートな人間関係を強い、その狭間に心の問題が生じる。心の問題は誰にも起こり得ることで、いまや深刻な社会問題である。
「だからこそ、社会参加の心理学なんです!」と日髙教授は力説する。さらに「だからこそ」を重ねて、「大学にできることはたくさんある。地域の元気を取り戻し、地域に貢献するために、大学に蓄積している多彩な知識、知恵を活かすこと。地域と大学が連携すればいろんなことが可能になるはずです」。生来、情熱家である上、饒舌に「人」を語りはじめると熱気がますますはらんでくる。エネルギッシュを絵に描いたような人柄だ。「人は、互いに語り、ともに連帯し、ささえあうことによって、元気になる」。教授の信念である。
学生時代から数々のボランティア活動にかかわってきた。キャンプを通じて、知的障がいや身体障がい、小児ぜんそくなどの子どもたちや保護者と触れたことによって、進むべき路を見出したという教授は、それ以後、日本心理臨床学会も臨床心理士資格制度もないころから、“社会的弱者”の支援やカウンセリングに取り組んできた。現場を知り尽くしているからこそ、人一倍、教授は学問の「社会参加を!」と訴えるのである。
相談・予防、リーダーを育てて、
幅広い地域支援体制をつくりたい。
実学の教授、日髙教授の心理臨床の手法は、おおよそ「クライアントさん中心に、現実的で実生活を重視、そして科学的な考え方と方法」にもとづく。つけ加えて「創造と協働」をあげたが、とりわけ実践経験を重視する。それゆえ教員も全員、児童相談所、少年鑑別所、病院、教育センター、学校、情緒障がい児童施設、精神科医などで豊富な現場と実績をもつ実務者だ。「実務経験者がこれだけそろった大学はめずらしいでしょうね」と、教授はいう。
指導者もさることながら、大学附属のセンター自体がそもそも数少ない。この心理臨床カウンセリングセンターが所属する大学院人間文化学研究科心理学専攻は、「臨床心理士試験受験資格」を得られる「第1種指定大学院」に指定されている。「臨床心理士を目指す上で最高の環境だと自負しているくらいだからね」と、教授は少し胸を張って子どものような笑顔を見せた。このセンターは、相談者の悩みをカウンセリングするだけでなく、大学院生たちの実践的な教育研修の場でもある。
いうまでもなく、次代のカウンセラーを育てることが教授としての本来の役割である。それは何も学内だけにとどまらない。教授の名刺には「(社)京都いのちの電話 研修委員長」の肩書きがあるように、カウンセラーの研修教育も大事な仕事なのだ。そして、教授はこれからのセンターのについて、「心の問題に対して、相談だけでなく、予防にもつとめ、地域の指導者やサポーターを育てて、広く地域の人たちを支援していけるようにしたい。大学と地域が手を結んで、地域を元気にしていきたい」と、話している。
特技はウクレレ。地域の人たちとバンドも組み、張りのある声を聞かせる。また京都から日本海の小浜に至る鯖街道(京都~小浜)を11回踏破を誇るほどの健脚。エネルギッシュにつねに行動する人...というのが教授の印象である。
プロフィール
同志社大学文学部文化学科心理学専攻卒業後、同志社大学大学院文学研究科修士課程修了、同志社大学大学院文学研究科博士課程退学(単位取得)。京都市教育委員会カウンセリングセンター技術吏員カウンセラー、京都市永松記念教育センター主査カウンセラー、平安女学院大学生活環境学部教授を歴任。現在、神戸学院大学人文学部人間心理学科教授、神戸学院大学心理臨床カウンセリングセンター センター長。
主な研究課題
- 電話相談員トレーニング
- カウンセラートレーニング
- 教職員のカウンセリング研修
第58回 土曜公開講座 人文学部開設20周年記念「くらしの文化・こころの健康」
- 時 間: 14:00~16:00
- 場 所: 有瀬キャンパス 9号館1階 911講義室
- 受講料: 無 料
月 日 | 講演テ-マ | 担当講師 |
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10月24日 | 気づきとセルフコントロール | 人文学部 人間心理学科 日髙 正宏 教授 |
10月31日 | 平等という文化の進化 | 人文学部 人文学科 寺嶋 秀明 教授 |
11月21日 | 近代の明石への小旅行 | 人文学部 人文学科 矢嶋 巌 講師 |
11月28日 | 「トイレ」から文化を学ぶ | 人文学部 人文学科 水本 浩典 教授 |
12月5日 | 心理臨床とアートセラピー | 人文学部 人間心理学科 山上 榮子 講師 |
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