企業や学生とともに実践と研究を繰り返し障害者の「ディーセント・ワーク」実現へin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 企業や学生とともに実践と研究を繰り返し障害者の「ディーセント・ワーク」実現へ(川本 健太郎/総合リハビリテーション学部 社会リハビリテーション学科 准教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 企業や学生とともに実践と研究を繰り返し障害者の「ディーセント・ワーク」実現へ(川本 健太郎/総合リハビリテーション学部 社会リハビリテーション学科 准教授)

障害がある人が「社会に貢献している」実感を持てる仕事を

私は「地域福祉」と「社会起業」をテーマに研究しています。それぞれの地域における福祉のあり方を住民が主体となって考え、互いに支え合う方法を見出す「地域福祉」をベースに、疾患や障害等によって働きづらい人たちの就労機会を作る「社会起業」の研究と実践を繰り返しています。働きがいのある人間らしい仕事を「ディーセント・ワーク」と呼びますが、障害がある方々が、適正な賃金を得られて、社会に貢献しているという実感を得られるディーセント・ワークをどのようにすれば生み出すことができるのか。それが私の主とする研究テーマです。

福祉について学ぼうと思ったきっかけは、自身の祖父母の在宅介護でした。将来、親世代の介護が必要となる時代はもっと大変な状況になりそうだという見通しから興味を持ち、大学で福祉を学ぶことに。そして実習等で障害がある方々と出会った経験が、私の人生を大きく変えました。通称「作業所」と呼ばれる「就労継続支援事業所」は、障害者に就労の機会を提供しながら生産活動の知識や能力向上のために必要な訓練を行う場所です。ところがここに通って働いても、もらえる工賃は全国平均で月1万5000円ぐらい。月1万円、1日100円程度という場合もあります。とても低い水準ですが、これは福祉制度で位置づけられているものであり、運営側も努力はしているものの工賃を上げることは困難であると知りました。なお、きょうされん(旧:共同作業所全国連絡会)の報告(2016年)によれば、福祉サービスを受けていながら相対的貧困ラインを下回る人は98%にものぼっています。そこで「障害があるから仕方がない」と話を終えるのではなく、適正な賃金を得ながら社会に貢献できる職にどうすれば就くことができるのか。沸き起こった疑問が研究を始める一歩となりました。

また、日本では障害者を家族が支援するのは当たり前という考え方にも疑問を感じています。海外では介助を行う家族に給付金が交付されたり、個人でヘルパーを雇用できたりするなど、障害がある方とその家族に対する支援が整っているケースも多くみられます。

移動型ユニバーサルトイレの共同開発から事業投資型モデルへ

トヨタ自動車株式会社との移動型ユニバーサルトイレの共同開発

2019年からは、障害のある方の外出や社会参加を進めていくことを目的に、移動型ユニバーサルトイレの開発をトヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ」)と共同で進めてきました。トヨタの社会貢献部が、通常はバリアフリー機能を備えたトイレを使っている車椅子ユーザーは、「屋外にあるような健常者用のトイレを使えない」という理由で屋外での活動に参加できないケースがあると知り、その問題を解決したいと私に声をかけてもらったのが始まりです。このトイレはタンクを搭載した電源車でけん引するもので、場所を選ばず使用できるため、平時だけではなく災害などの有事にも使うことが可能です。例えば、令和6年(2024年)能登半島地震では、障害のある多くの方が避難所のトイレを使えないという理由で自宅待機となりました。このようなことは以前から問題になっていましたが、こんな課題を解決できるのではないかという想いが、移動型ユニバーサルトイレの開発のコンセプトにつながっています。

「ぼうさいこくたい」の屋外展示でモバイルトイレを視察する久元市長(左)

2022年10月に兵庫県で行われた「ぼうさいこくたい」では、トヨタとともに「やむをえない車中泊避難への備え」と「障害者の命をつなぐモバイルトイレ(移動型ユニバーサルトイレ)」の展示を行いました。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、被災地で増えていたのが車中泊であり、トイレが問題となっていました。そこで、車中泊のリスクと対策の必要性を訴求しながら、災害時に命を守る新しいツールの一つとして移動型ユニバーサルトイレを提案。自治体や来場者の方へ災害弱者の命を守る対策について考える場を提供し、久本神戸市長にも視察していただきました。

約5年をかけてきたトイレ開発も、2024年にはモノづくりの段階を終え、実験的要素も含んだ運用の段階(社会実装)へと進んでいます。しかし、私の研究でめざしているのは 「障害のある人の仕事づくり」。そこで考えたのがトイレサービスを提供するというビジネスです。例えば、疾患や障害のある方がオープンエアの音楽フェスに行きたいと思っても、仮設トイレを使えないがために参加を諦めるケースがあります。そこで私は、移動型ユニバーサルトイレを提供すると同時に、障害者の就労機会と賃金を生み出すという事業スキームを考えました。

車内の様子

これまでトイレ開発に協力いただいてきた障害者就労支援団体や自治体に対してこの事業を提案し、2024年夏から東広島市、秋からは大阪市住吉区でこの事業投資型モデルがスタートします。障害者就労支援団体が移動型ユニバーサルトイレを所有し、それを障害のある方もない方も便利に利用していただく。そして、その清掃作業を障害者に依頼することで賃金を生み出すという仕組みです。清掃が行き届いた広いトイレは、未就学のお子さんや親御さんにも喜んでいただけるでしょうし、お花見や海岸などの臨時トイレとして気持ちよく使ってもらえると見込んでいます。自治体や障害者団体が「トイレに投資する」ことで、関わる全ての方のプラスになる事業として拡大をめざしています。

雇用者が障害者の仕事に関心を持つ機会をつくる使命

マイノリティ(少数派)の問題である福祉を前に進めるためには、マジョリティ(多数派)、そのなかでもおよそ87%を占める雇用者(※)の精神性や社会性が変わる必要があると考えています。「私には関係ない」と捉えがちな多くの人たちに関心を持ってもらうことが、福祉においては重要なカギとなるのです。トヨタとの共同開発では、トヨタで働く人と障害のある人がイベントなどで出会う機会を作ることで、障害のある人のことを思いながら仕事をする人が増えるという企業マインドが醸成されました。このように、企業で働くマジョリティの人が困難を抱えている人と出会うことで企業の福祉化は進みます。 まずは、「障害のある人の仕事について考えたい」という企業の声を生むこと、そして、声が生まれた企業とともに福祉について考えていきたいです。

以前、別の事業で関わっていた大阪のアパレル企業は、障害者雇用が難しいという課題と、廃棄衣料の問題を抱えていました。そこで、廃棄衣料を用いて、障害者と地域の人がともにバッグや小物などを制作し新しいブランドが生まれたことをきっかけに特例子会社を創設されました。そこまでには多大な努力が必要だったと思いますが、このように企業が自発的に変わっていくことが重要なのです。“寄付でやりましょう、余裕ができたらやりたいですね”ではなく、障害のある人も含めてみんなで一緒にやろうという姿勢で事業を生み出すこと。これがまさに「社会起業」であり、障害や疾患等で就労が困難な方々の就労機会を生み出すことを目的とした会社を「社会的企業」と呼びます。私は、困難を抱える人のために起こされる社会起業のサポートをすべく、今後も地域の皆さんと親交を深めていきたいと思っています。

※公務員や自営業者、役員等を除く

「共同活動者」である学生とともに、困難を抱える人のために動く

学生には知識やノウハウ以前に、困難を抱える当事者と向き合い、共感できる力を養ってほしい。どんなに難しい問題があったとしても、「仕方がない」という言葉は使わず、考え抜く力や行動する力を身につけてほしいと考えています。

大学の講義で耳にすることはイメージでしかなく、まずは実際の社会でリアルに起きていることを知るのが大切です。例えば福祉の分野であれば、福祉施設などの現場に出て肌身で感じてから文献を読んだり講義を受けたりすることで知識に変わります。若いうちはまだ引き出しが少ないため、イメージだけで学ぼうとすると先入観を作ってしまいがちで、思考性を狭めてしまうことは残念でなりません。私たちは困難を抱えている人を対象とする学問を学んでいるので、そのような方がどう困り、どのような悲しみや苦しみを抱いているのかをまずは現場で感じてほしい。一緒の時間を過ごすことで得ることは多く、相手と話さなくても寄り添うことで初めて体感できることがあるのです。

私が受け持っているゼミでは、フィールドワークなどでの体験を軸に進めることが多いですが、講義でも学生にとって身近な切り口から考えを膨らませるように心がけています。例えば、身近なものでいうと服がありますが、そのタグを見ると最近ではバングラデシュで作られたものが多いです。では、その国で今どんな問題が起きているか…という風に、消費活動で触れているものから背景を探るようにしています。「自分には関係ない」と思うと人は考えを進めなくなるので、「当事者性」を意識できることが大事です。数年前には、日本にも多く輸入されている中国産の綿のなかに、新疆ウィグル地区で強制労働により生産、収穫されている品が混在しているとの疑惑が出ました。では、その綿を使った商品の消費者である私たちはこれをどう考えればよいのか。答えが出にくい問題にも学生とともに向き合うことを重要視しています。

私自身も、1人の研究者かつ実践者、そして人間として、もし出会った人に困難があった場合はしっかり向き合って、まずは自分ができる行動につなげていきたいと考えています。自分だけで解決できない時は、同じ志をもつ人たちとチームビルディングをはかり進めていくというプロセスを、学生たちと経験していきたい。私と学生は「共同活動者」というような位置づけで、これからも一緒に教育や学びを進めていきたいです。

※この記事では、法律上用いられている「障害」で表記を統一しています。表記への見解は複数ありますが、「障害は個人ではなく社会に帰属し、障害を取り除く責務も社会の側にある」という『障害の社会モデル』に基づいています。

Focus in lab

-研究室レポート-

ゼミでは、学生が興味をもって進める個々の研究をサポートするとともに、困難を抱える方の声を聞くため、皆で街に出てフィールドワークを行っています。例えば、地域差別があったエリアで、差別を理由に仕事が得られない方の労働を生み出すお手伝いをしているNPOを訪問し、困っている人にどのように向き合い、どのように仕事を生み出しているのかを学んでいます。また、トヨタと当研究室の共同事業である移動型ユニバーサルトイレの開発についても学生に関わってもらいました。展示会やイベントの運営サポートでは、障害のある方とトヨタが出会い、障害のある方の声を直接伝え、それをトイレの開発に活かしてもらうという重要な役割を学生に担ってもらえたと思います。このように、困難を抱える方と企業をつなぐリアルな場において、事業スキームを考える土台の部分を感じ取ってもらえるようなゼミをめざしています。

プロフィール

修士 社会福祉学
2006年3月 関西学院大学社会学研究科 博士課程前期課程 修了
2019年3月 大阪市立大学大学院創造都市研究科 博士後期課程 単位取得満期退学

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