「言語景観」研究を教育に生かし英語コミュニケーションを支援in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「言語景観」研究を教育に生かし英語コミュニケーションを支援(森下 美和/グローバル・コミュニケーション学部英語コース教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「言語景観」研究を教育に生かし英語コミュニケーションを支援(森下 美和/グローバル・コミュニケーション学部英語コース教授)

観光客の視点から見た日本の「言語景観」

2023年の訪日インバウンド観光客数は2,500万人を超え、コロナ禍前だった2019年の8割まで回復しました。2024年3月には単月として初めて300万人を上回り、大阪・関西万博を控えて今後も増加傾向は続くと予想されます。グローバル時代、日本在住の外国人も含めた海外からの来訪者に日本を深く理解してもらうためにはどのような情報提供が必要か、真剣に検討する時期に入っていると言えるでしょう。

そうした課題に対してヒントを与えてくれるのが、道路標識や広告看板、施設や店舗内の注意書きやお知らせ、飲食店のメニューなど、街中で目にする文字で書かれた表示の織り成す「言語景観」です。

私は2016年ごろから国内外の都市で言語景観調査を行っていますが、詳しく見ていくとさまざまな気づきがあります。日本の道路標識や地名表示には日本語に加えて英語も併記されていますが、インバウンド観光客にとっては必ずしもわかりやすいとは限らないケースがあります。たとえば、「~通り」という地名に対する訳語がAvenue, Street, Road, Doriなど統一されていないことはその一例です。海外の多くの都市では、縦横に走る道路は向きによってAvenueとStreetに分けられ、通行する人にわかりやすい名前が付けられています。このような都市から来た観光客にとっては、英訳の不統一は混乱の原因になるかもしれません。

インバウンド観光客が増えるにつれて、多言語による案内や掲示などインフラの整備がさらに求められますが、どのような言語で表記するのが適切かという問題もあります。日本では現状、日本語・英語・韓国語・中国語(簡体字・繁体字)の5言語に対応していますが、本当にそれで良いのでしょうか。外国人居住者が多い地域の表示についても、暮らしやすさに役立つものになっているのかなど、多様な視点で考えていくことが必要です。とはいえ表示する言語の数を多くすることで、わかりやすさが犠牲になっては本末転倒です。多言語を使う国々の事例なども参考に十分に検討していくべきだと思います。

街中にあふれる誤用例が英語の教材になる

言語景観とどのように関係するのかわかりにくいかもしれませんが、私の博士論文のテーマは「(統語的)プライミング」というものです。プライミングは心理学の用語で、言語においては、直前に見聞きした語彙や表現などの影響を無意識的に受けて言語を理解・産出しやすくなる傾向のことです。言語景観調査を始めた2016年ごろから、英語の誤用や不適切な使用が気になるようになりました。これらはインバウンド観光客の誤解を招くことから、日本が観光立国をめざすうえで早期に対応すべき問題です。英語教育の観点からこうした誤用を見ると、前述したプライミング効果の点からも英語学習者にとって良くない見本であることは言うまでもありませんが、使い方によっては良い教材を作成する材料にもなり得ます。ある語彙や表現の間違いに気づき、それがどのような点で間違っているかを考え正しく修正することが、英語の語彙や文法の知識を再確認し定着を図るための実践的なトレーニングになるからです。

英語の誤用を分析した研究によると、どの言語が母語であるかによって誤用に一定の傾向が見られることがわかっています。言語景観調査で見つかる間違いはおそらく日本人による英語翻訳なので、これらは日本人が間違いやすい英語の生のデータであるとも言え、その分析は間違いやすい表現を重点的に押さえる教材づくりなど英語教育への活用も期待できます。

そのようなねらいで、言語景観調査において収集した誤用・不適切な使用例をその原因ごとに分類してみると、綴りや句読点の間違い、文法の間違い、表現が不適切、原文の意味するところを適切に理解しないままの(おそらくは機械翻訳による)機械的な語の置き換えなどに大きく分けることができます。機械的な語の置き換えのわかりやすい例を一つ挙げてみましょう。

この冷蔵庫は冷凍保存できません。
This refrigerator cannot be frozen.

インバウンド観光客もよく利用する有名な観光地のホテルで、部屋の冷蔵庫に貼られていた注意書きです。「冷蔵庫に冷凍保存の機能はない」ということが趣旨だと思われますが、この英訳では「冷蔵庫自体を冷凍保存できない」という意味になり、日本語の意図が反映されていません。

こうした分析の結果は授業に活用し、誤用例を使ってその原因を考えたり修正したりして英語力・翻訳力の強化を図っています。また、翻訳ソフトの使い方についても、実践的に指導しています。翻訳ソフトは日進月歩で進化しているとはいえまだまだその能力は不十分であり、適切な英訳を導くためには日本語の入力にコツが必要です。そうした進化中のツールを十分に活用できる能力も、今のデジタル社会に求められています。

今後は、言語景観調査による誤用のデータを英語教育に生かすため、データの収集と分析を続けていくつもりです。同時に、2022年の在外研究の際に訪問していた台湾の国立清華大学コンピュータサイエンス学部との共同研究もスタートさせ、誤用例の言語コーパス(言語の使用例を集めたデータベース)作成やデータを教材として活用する方法の検討も進めています。

地域で学ぶゼミ活動でホスピタリティを身につける

グローバル・コミュケーション学部には、語学を含め幅広くコミュニケーションに関心を抱く学生が集まっています。私のゼミでは、観光を中心に地域の課題を解決することを目指し、フィールドワークを行ったり地域イベントに参加したりするアクティブな活動を積極的に進めています。そのねらいは、学内で講義を受けているだけでは出会えない多様な人たちに触れて視野を広げ、人と人とが交流し協力し合う現場を直接体感してもらうことにあります。

神戸市での言語景観調査にはゼミの学生にも参加してもらいました。観光客の目線で町を見て回り、伝わるメッセージのあり方を考える貴重な機会になったと思います。インバウンド観光客や日本在住の外国人へのインタビュー調査を計画していたもののコロナ禍であまり進んでいませんでしたが、今後改めて行うことにしています。

地域と連携した活動も多岐にわたって実施しており、神戸市では兵庫区民まちづくり会議の依頼で「ぶらり散策マップ(新川運河界隈)」を作成しました。それをさらに発展させ、そのバイリンガル版を卒業プロジェクトとして作成し、ラグビーワールドカップ2019の際に兵庫区を訪れる外国人サポーターに配布した学生たちもいます。

2018年から継続的に助成を受けている淡路市では、地域活性化のためのイベントを開催しています。地元の人や観光客に手形を押してもらってウォールアートを制作しその前で写真を撮影するイベントや、地元で栽培が盛んなハーブをPRするためにハーバリウムを手づくりするワークショップを開催するなど、学生自身が地域の方々と協力しながら企画から運営、SNSによる広報活動まで一切を取り仕切って進めています。

このような活動を通じて、自分たちが暮らす地域に親しみを感じ、まちづくりや地域活性化について関心をもつ学生が増えればうれしいです。またそれ以上に、学生一人ひとりにホスピタリティの精神を身につけてほしいと思っています。社会で人と人とが協力し合う際には、成果を上げることはもちろん、自分も相手も気持ちよく、居心地よく働けることが重要だと感じています。ゼミ活動で多くの人と出会い、ともに協力し合う体験は、学生に大きなインパクトをもたらします。大人を相手に折衝するのは決して簡単なことではなく、コミュニケーションに悩むこともあるでしょうが、そうした壁を乗り越えて、まず自分が相手のことを考え思いやることの大切さに気づき、周囲に貢献できる人になってくれればと期待しています。

オーバーツーリズムのトラブルも指摘されるようになってきましたが、今後は、海外からの来訪者に一方的な規則を押し付けるのではなく、日本の歴史や文化の理解に基づいた共生の気持ちをもってもらうことが重要でしょう。コミュニケーションの本質に根差した観光支援や語学教育とはどういうものか、教育と研究の両面からアプローチしていきたいと考えています。異文化間で伝えたいメッセージをしっかり伝えられる能力をもった人材教育の実践や、英語コミュニケーションを支援するツールの開発など、さまざまな挑戦を続けていくつもりです。

Focus in lab

-研究室レポート-

ゼミでは自治体や企業と連携した活動を進めていますが、中でも息の長い取り組みが、大丸神戸店とコラボした「もとまちこども大学」です。小学生に外国の言語や文化に親しんでもらうことを目的に、学生がさまざまなアイデアを出して選んだテーマでワークショップを企画・運営しています。「世界の文字を学ぼう!~私の名前はどうかくの?~」と題したイベントは、世界にはたくさんの言語やそれに対をなす「文字」があることを、子どもたちに感じてもらう目的で開催しました。キリル文字・アラビア文字・ハングル文字などから子どもたちが希望する文字を選んで、各言語のネイティブスピーカーにも手伝ってもらいながら翻字した名前をプラバンに書いて、オリジナルキーホルダーを作りました。

プロフィール

神戸大学総合人間科学研究科(コミュニケーション論)博士前期課程および神戸大学国際文化学研究科(グローバル文化)博士後期課程修了。
学術博士(心理言語学専攻)。
2008年より神戸学院大学経営学部講師・准教授、2015年より神戸学院大学グローバル・コミュニケーション学部准教授を経て、現職。
2014年より早稲田大学情報教育研究所招聘研究員、2015年より明治大学サービス創新研究所客員研究員。
2022年台湾国立清華大学コンピュータサイエンス学科自然言語処理実験室訪問学者。

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