子どもが安心して生きる権利を守るスクールソーシャルワークを発展・普及させる
スクールソーシャルワーカーとして子どもの問題に向き合う
いじめ、不登校、児童虐待、貧困など、子どもをめぐる問題が深刻化しています。その背景には、子どもの心の問題とともに家庭、学校、友人関係、地域など子どもが置かれている環境の問題が複雑に絡み合っているとされています。そこで近年子どもの発達、環境との相互作用、社会福祉についての専門知識を生かし、家庭、学校、外部の関係機関などが連携できるよう調整するスクールソーシャルワーカーという専門職が注目されるようになりました。
私は大学院修士課程で社会福祉を専攻し、教育現場でスクールソーシャルワーカーとして働きたいと考えていました。しかし大学院を修了した当時、日本にはそのような仕事がなく、私は医療現場でソーシャルワーカーとして、その後は教育現場でスクールカウンセラーとして経験を積むことにしました。
2005年、大阪府が不登校支援対策の一環として教育現場にスクールソーシャルワーカーを派遣する事業を開始し、私はその第一号として採用され、念願の仕事に就くことになりました。小学校に派遣されて多くの子どもと出会い、スクールソーシャルワーカーとして先生たちと一緒に試行錯誤しながらさまざまな子どもの問題に取り組むなど非常にやりがいのある日々を過ごしました。
10年以上活動を積み重ねていく中で、教育現場での実践を研究としてまとめるとともに学生たちに自らの知識や経験を伝えたいという思いが生まれ、2018年からは神戸学院大学で研究と教育に携わることになりました。現在は大学教員の傍ら、複数の教育委員会でスクールソーシャルワーカーのスーパーバイザーも務めています。
学校と保護者の信頼関係が子どもを変えていく
私が研究の主軸に置いているのは、子どもの問題をできるだけ早期に対応することの重要性です。小学校でさまざまなケースに対応した経験から見えてきたのは、問題が悪化してから支援に入る難しさでした。問題が悪化する前のなるべく低年齢のうちに子どもの環境や問題の種を把握しておくことが適切な支援につながり、それにより問題の発生を予防できました。
さらに重要なポイントは、スクールソーシャルワーカーによる社会福祉の視点、スクールカウンセラーによる子どもの発達や心理の視点など、専門家の見方を取り入れて子どもたちの問題の背景を把握することです。学校の先生が家庭内の問題をキャッチしたり解決を図ったりするのは限界があるため、さまざまな分野の専門家がフォローする必要があるのです。
たとえば、近年社会問題にもなってきているヤングケアラーなどは、家庭内はもちろん学校でもなかなか対処できない問題でしょう。子どもの家庭の状況を理解したうえで適切な福祉の支援を届かせるには、スクールソーシャルワーカーの専門性が欠かせません。また、子どもの問題行動の背景に親子関係の問題が存在するケースもありますが、こうした場合にも子どもと親などの周囲との関係を調整して問題の解決を図るのもスクールソーシャルワーカーの役割です。
学校の先生は、これまで長い間自分たちだけで子どもの問題の解決にあたってきましたが、今その常識は変わりました。「チーム学校」とも呼ばれ、専門家と協働してチームで子どもの支援を行うことが当たり前になってきています。
そんな中、私が特に着目しているのは当事者、つまり子どもやその保護者との密な連携です。先生と専門家が参加する学校の話し合いの場に保護者も参加してもらい、情報交換や問題についての検討を行います。子どもはこういうところで困っているのではないか、子どものためにどのような支援をしたらいいか、家庭ではどのようなケアをしてもらえるかなど、子どもの置かれている状況や支援のあり方を本音で話し合う場です。保護者を交えた話し合いを積極的に取り入れることで、問題が改善していくケースも多くあります。
というのも保護者は悩みながら子育てをしており、孤立している保護者も昔に比べて増えている印象です。そういう中で学校と保護者が話し合う機会を持つことで信頼関係や安心感が生まれ、子どもへのケアもより良いものに変わっていくのです。
また、先生の意識も変化していきます。不登校の場合だと、先生たちはまずどうやって子どもを学校に来させるかを考えがちです。しかし、保護者との話し合いの中で学校に行けない理由や背景を理解すると、子どもや保護者への見方が変わります。たとえば、不安感が強いという理由で不登校なのであれば、少しずつ登校して自信をつけることから始めるなど、子どもに寄り添い、状態に応じた支援の方向を見出すことができるようになっていきます。
今後は、保護者だけでなく子どもも交えた話し合いの場づくりについて、その効果を検証していく予定です。子ども自身がきちんと意見を言える学校内の体制づくりや親子関係の構築も含め、子どもを中心にして、子どもの意見を大事にしながらより包括的な支援につなげていく方法を研究したいと考えています。そして研究を通して、子どもの権利をしっかり守れる学校や地域づくりの実現をめざしていきたいと思っています。
社会福祉に携わるうえで大切な視点を学ぶ実習
教育現場での経験は、社会福祉士をめざす学生への教育にも生かしています。授業の中では、さまざまな環境にある子どもたちと出会い、支援してきた経験から得た実践的な知識を伝えるよう心掛けています。
また、社会福祉教育の中で特に重要な実習についても、新たな実習先を開拓し学生に幅広い経験をしてもらっています。教育現場の実習は神戸市教育委員会にご協力いただき、スクールソーシャルワーカーの方と一緒に小学校を訪問し、仕事内容を学ばせていただいています。その他、児童相談所、児童養護施設、母子生活支援施設などの多くの実習先にご協力いただいています。
教育や児童福祉の現場を体験する実習を通して、学生たちには、人権と社会正義という視点をしっかりと身につけてほしいと願っています。人権とは人が安心して生きる権利であり、社会正義とは人は生まれながらに平等であることを重視する考え方です。両方とも社会福祉分野で働くうえで常に立ち返るべき基本的な理念です。現場は、それらがどう守られているのかを理解し、どう守っていくのかを考えるのにふさわしい場所だと思います。
もう一つ学生たちに学んでほしいのは、同じ目線に立って当事者と出会うという態度です。福祉の知識を学び経験を積んだ専門職ですが、当事者と同じ場所に立って一緒に考えていくことを私自身も常に心掛けてきました。こうした態度を身につけるには当事者から学ぶことが何よりも大事だと考え、授業では当事者を含め児童福祉の現場に携わる人たちをゲストに招いて体験談を話してもらっています。
本学で社会福祉を学ぶ学生は、人への優しさを持ち、人とつながることをとても大事にしている人が多いと感じています。社会福祉の仕事では、人とのつながりをつくろうとする気持ちが本当に大事です。実践を交えた豊かな学びによって、自分の心を開き信頼関係を築ける力を身につけ、福祉の現場で生かせる人材を育てたいと思います。
Focus in lab
-研究室レポート-
ゼミでは介護施設を運営する企業と連携し、介護施設が主催する子ども食堂の取り組みに協力しています。子どもに食事を提供する一般の子ども食堂とは少し違い、介護施設の高齢者と地域の子どもたちとの出会いの場を提供することが目的です。学生たちは開催するイベントのプログラム作りや進行などを任され、とても張り切っています。今後、子ども食堂が地域に定着するように企業との話し合いも進めています。学生にとっては、そうしたプロセスを体験しながら多くのことを学べる良い機会になると期待しています。
プロフィール
1985年3月 関西学院大学社会学部卒業
1987年3月 関西学院大学社会学部社会学研究科 社会福祉専攻修士課程修了
2003年3月 関西学院大学社会学部社会学研究科 博士課程修了
博士(社会福祉学)[2006年3月(関西学院大学)]
1986年-1991年 財団法人住友病院心療内科 ソーシャルワーカー
1990年-1998年 大阪心理療法センター心理カウンセラー非常勤
1998年‐2006年 兵庫県教育委員会スクールカウンセラー
2000年-2013年 神戸女学院大学文学部 非常勤講師
2005年-2023年 大阪府教育委員会 チーフスクールソーシャルワーカー(2020年よりスーパーバイザーに変更)
2006年-2019年 関西学院大学人間福祉学部(2009年まで社会学部) 非常勤講師
2011年-現在 宝塚市教育委員会他 スクールソーシャルワーカー・スーパーバイザー
2018年-2023年 神戸学院大学総合リハビリテーション学部 准教授
2023年-現在 神戸学院大学総合リハビリテーション学部 教授