演劇を通して知らなかった世界に触れ他者を理解する想像力を身につける in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 演劇を通して知らなかった世界に触れ他者を理解する想像力を身につける(中山 文/人文学部 教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 演劇を通して知らなかった世界に触れ他者を理解する想像力を身につける(中山 文/人文学部 教授)

明石を知る「アタシノアカシ」の演劇づくり

私のゼミでは、2016年度から3年次生が明石をテーマに演劇を制作して上演する取り組みを行っています。題して「アタシノアカシ」プロジェクト。明石は本学の地元でありながら、多くの学生にとっては通学で通り過ぎるだけの町にすぎず、特別な愛着も持たないままに卒業してしまう学生もいます。それはとっても残念なことです。明石は、古くから歴史や文学作品の舞台になったり、現代では若い人を呼び込む政策で注目されたり、多様な魅力を持つ町です。学生たちがその魅力に気づきこの地が第二の故郷となれば、それがみんなの共通点になる。そう考えて、明石を題材にした演劇作品をつくることにしました。

作品は15分程度の小規模なものですが、脚本、演出、演技、衣装、音響、照明など演劇上演に必要なすべてを、1年かけて学生たちがつくりあげます。まず各自が調べた情報を共有し、それらをヒントに脚本を書き、プロの劇作家のアドバイスを受けながら仕上げます。脚本ができたら配役を決め全員で読み合わせをし、「上演してみたい」と思える作品3本を投票で選びます。

選ばれた作品は改めてキャスティングを行い、時にはオーディションをすることもあります。演出を担当する学生を中心に稽古に取り組み、キャストもスタッフも、すべての役割が舞台をつくるのに欠かせないということを身をもって理解していきます。こうして完成させた演劇作品は学内にあるマナビーホールで上演し、努力の成果を学内外の観客に観てもらっています。

毎年、どんな作品が生まれるのか、本当に楽しみです。地名のいわれ、天文台などの名所、文学や落語、明石焼きに代表される食文化など明石らしさを盛り込み、筋立てもヒューマンドラマ、ファンタジー、ミステリー、コメディと多彩で、若い感性がはじける見ごたえのある舞台になっています。

演劇づくりを通じた学生の成長には、いつも驚かされます。最初は、「全員参加だから仕方なく」という雰囲気だったのが、取り組むうちにどんどん自分たちでアイデアを出し、グループでとことん話し合って考えるようになっていきます。上演後のアフタートークでは、感想を聞いたり質問に答えたりして観客と交流する機会を設けています。そこで賞賛の言葉を聞いて「自分たちには想像以上に発信力がある」と自覚し、達成感や自信をより深めているようです。

コミュニケーション力や折衝力など社会人基礎力を育む

このように演劇を教育に取り入れる試みは、演劇教育と呼ばれています。近年、日本でも盛んになってきていますが、私自身は10年ほど前に友人の中国人研究者からその効果について教えられました。受験勉強しかしてこなかったエリート大学生が、演劇によって仲間と協力して一つのものをつくる楽しさや喜びを覚え、人間性が磨かれるといった内容でした。

中国では、演劇は価値の高い芸術として認められています。私は北京大学に訪問教授として滞在していた際にその魅力にはまり、1年で250本以上も観劇しました。中でも「越劇」という女性ばかりで演じる演劇に興味をひかれ、以来、研究を続けています。

「アタシノアカシ」

友人から話を聞いた時は、演劇の研究をしてはいても実演経験のない自分に演劇教育は無縁だと思っていました。そんな私がゼミに演劇を取り入れるようになったのは、ゼミでのあるできごとがきっかけでした。新学期、初めて顔をそろえた自己紹介の場で、「口下手なので話しかけてください」と話す内向的な学生がとても多かったのです。そこでコミュニケーションの糸口を作るために、演劇ゲームをゼミに取り入れることにしました。

自分でもあちこちの研究会に参加し、次第に演劇教育に興味を持つようになりました。役者を養成するわけではない人文学部の演劇教育にとって、教員に必要なのは学生が心を開いて自分を出せるようにファシリテートできる力だと感じたのです。そこで、東アジアにおける演劇教育の先進国である中国や台湾の経験に学ぶ研究活動を進めました。そうした積み重ねから生まれたのが、「アタシノアカシ」プロジェクトでした。

学生たちは「アタシノアカシ」を通じて、コミュニケーション力を身につけていきます。演劇には、本当にたくさんの人がかかわります。稽古をするにしても、日程調整、稽古場予約、全員への連絡、出欠確認と煩雑な作業が必要になります。さらに公演となれば、劇場の手配や機材の調達、広報などの業務で学内外の大人と折衝しなければなりません。こうした面倒な経験を通じて、仕事にかかわる人の都合や気持ちに配慮しながら動くという力が磨かれていきます。社会に出たらすぐに求められる、社会人基礎力を養成する場にもなると思っています。

演劇で高齢者と若い世代が結びつく場を

2023年7月23日「リーディング リア王」@稲爪神社

2023年9月2日「抜書き リア王――老いとジェンダー」の空中字幕

研究の面では最近、ジェロントロジーという分野に関心を持つようになりました。ジェロントロジーとは老年学とも呼ばれ、加齢によって生じるさまざまな課題を検討し、生涯をよりよく生きる方法を学際的な視点で考えていく学問です。これまで研究のテーマとしてきた中国の演劇とからめ、全国で盛んになっている高齢者演劇のフィールドワークを行っています。

高齢者演劇の活動を見ると、高齢者が元気でいるためには、社会で自分の役割を持つこと、身体を動かす活動をすることが重要であるとわかります。しかし、高齢者だけの活動には限界があります。また体力不足を感じたメンバーが抜け、劇団活動が継続できなくなることも課題になっています。若いメンバーが入って上手くサポートできる劇団は、なかなか多くはありません。

高齢者と若い世代とが連携して活動できる場が必要なのではないか。そんな考えから、今年度は、ゼミの学生と高齢者による実験演劇プロジェクトを始めました。演目はシェイクスピアの『リア王』です。ブリテンの老王リアは自分の財産を3人の娘の中で自分を一番愛してくれる者に一番多くを贈与しようと考えます。しかし、結局望みは果たされないまま、失意のうちに亡くなるというストーリー。高齢者と子ども世代が互いをどう考えるのか。父は娘に何を求めるのか。世代間の断絶やジェンダーの問題を含んでいる作品です。

台本には『リア王』(松岡和子訳)から彼のジェンダー意識や女性嫌悪が顕著に表れている部分を抜き書きした「抜書きリア王―老いとジェンダー」(構成:伊藤茂神戸学院大学名誉教授)を使いました。7月末にはゼミ生全員でリーディング上演を稲爪神社で行い、9月には日本ジェンダー学会第27回大会で上演を行いました。この時は高齢者俳優がリア王を、学生が他の配役を務めただけでなく、理系研究者との連携で空中字幕という光学装置を使用しました。この装置が演劇で使用されたのは世界初ということで、たいへん実験的な演劇作品になりました。10月末には日本応用老年学会で学生だけの上演を予定しています。

高齢者と学生が協力して一つの作品をつくる場では、お互いに多くの啓発が生まれることを期待しています。たとえば若者の持つ高齢者イメージが変わることや、高齢者の気持ちがわかるようになることもあるでしょう。演じることで想像力が育まれ他者の理解につながるというのは演劇の優れた作用です。学生が高齢者の気持ちに寄り添い、高齢者問題を身近なものとしてとらえられるようになるのではないかと期待しています。今20歳の学生も、60年経てば自分の問題なのですから。

「アタシノアカシ」も今後、さらに充実させていきたいと考えています。たとえば、地域の人へのインタビューで情報を集めて作品づくりにつなげることができれば、明石という地域を代表する作品ができそうです。明石という地域とかかわり、共同して一つのものをつくりあげることで、学生の地域への帰属意識も育まれるでしょう。演劇を通じて、知らなかったことや知らなかった人との出会いをたくさん経験し、人間として成長してほしいと思います。

Focus in lab

-研究室レポート-

学生の集合写真

2023年7月23日、明石市の稲爪神社社務所で一般の人を対象に、学生による『リア王』のリーディング上演を実施しました。リーディング上演とは、衣装や舞台美術などはなしに台本を持ったまま演じることです。ゼミ生全員が出演者としてキャスティングされ、演出、舞台監督、音響、衣装、プロジェクトリーダーも学生が兼務し、協力して成功させました。上演前には作品レクチャーを行い、観客がスムーズに物語の世界に入れる工夫をしました。上演後にはアフタートークとして観客と意見を交換する場を設けましたが、学生たちは質問にも堂々と答え、それまでの準備の成果が存分に発揮された充実した公演となりました。

プロフィール

1981年 大阪外国語大学中国語学科 卒業
1983年 大阪外国語大学大学院修士課程 修了
1983年-1999年 大阪外国語大学中国語科非常勤講師
1989年-現在 神戸学院大学
1999年-2000年 北京大学・復旦大学訪問教授
2022年-現在 国立大学大阪大学大学院情報科学研究科 招へい教授
博士(文学)[2023年3月(奈良女子大学)]

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