グローバル人材に求められる問題解決力・交渉力を育てる教育
越境災害による被害を防ぐ新たなルールを研究
私は、国際法とEU法を専門に研究しており、ここ何年かはヨーロッパの越境災害を防ぐ法的な枠組みをテーマに研究を進めています。越境災害とは、国境を越えて複数の国に被害をもたらすような災害のことを言います。2010年にアイスランドで起こった規模の大きな火山噴火も越境災害となりました。火山灰が風に乗ってヨーロッパ大陸の上空に広がり、各国の空港が閉鎖され航空便が欠航したことによって経済活動にかなりの損害がもたらされたのです。
越境災害による被害を防ぐには、原因物質の発生や拡散、沈着に至るまでを予測・モニタリングして、その情報を迅速に市民に伝えるための国際協調システムが不可欠です。ヨーロッパではEUの資金を得てアイスランドの火山噴火被害を教訓に、航空路の火山灰を分析する気象機関VAACのほか政府機関や大学、民間が連携して火山観測のための人的ネットワーク構築が進んでいます。近年では、越境火山災害における火山灰の濃度についてリアルタイムに観測や分析を行い、情報を共有して社会経済的損害を最小限に抑える取り組みも進んでいます。
このような国際協調による災害モニタリングシステムの構築には、従来のような国家を主体とした取り組みだけでなく、もっと幅広い連携を促すための規則やガイドラインが必要です。そこでEUの事例に着目しながら、異なるルールや担い手によって構築・運用されている火山観測データをどう共有するのか、それを支える国際法やEU法のルールにはどのようなものがあるのかを明らかにしています。国境を越えて経済や安全保障の分野で協力するEUは越境的な性格を持つ政策を得意としており、多くの知見を得ることができると期待しています。
アジアの各地域でもヨーロッパと同じようなリスクや課題を抱えています。桜島噴火による火山灰が韓国にまで到達する可能性など、身近なところにも越境災害は起こり得ます。特に火山災害は越境災害が起こりやすいのですが、それに対応するための国を超えた災害モニタリングシステムや国際協調を可能にする法制度は整備されているとは言えません。
アイスランドの火山噴火を契機に、世界では火山防災への関心が高まっており、研究が活発に行われるようになってきました。私の研究は、日本では初めての火山学や国際政治学、国際法学、情報学など理系・文系の垣根を越えた学際的な研究です。防災研究の学際的アプローチは私にとっても新たな挑戦であり、日々刺激をもらっています。今後はEUについての研究成果に基づいて、日本を含む他地域の火山噴火に関する国際協調システムへと展開できるような研究をさらに進めていきたいと思っています。
ゼミ活動として取り組む英語模擬国連活動
教育活動においては、近年、本学の英語模擬国連活動を支援しています。英語模擬国連とは、参加メンバ―が担当国の大使となり、実際の国連の会議と同じように議論や交渉、決議採択などを行う取り組みです。担当国の歴史や政策に則った議論を進めていく必要があるため、国際関係や国際法、国際問題への関心が高まる点が期待されており、世界中の大学・高等学校で学生・生徒の課外活動や教育プログラムとして実施されています。
本学では2015年度からグローバル・コミュニケーション学部の学生による課外活動として取り組みをスタートしました。現在は近畿大学主催の英語模擬国連などに参加しています。私は模擬国連会議全米大会へ日本代表団を派遣する事業の顧問を長年務めており、そのキャリアと国際法の知識を生かして、参加学生にとって少しでも有意義な挑戦になるよう指導や支援を行ってきました。
2019年度からは、英語模擬国連活動をゼミの活動として実施することになりました。課外活動から一歩進めて教育活動として取り組むことで活動の質を高め、継続的に成果をあげることができると考えたからです。
英語模擬国連で議論に参加するには、膨大な量の英語の資料を読んでリサーチし、各国の立場や政策について英語でまとめることが必要です。また、会議中は雑談を含めて英語のみを使用するため相応の英語力が求められます。英語模擬国連参加を通じて、英語力を大いに高めることができるのです。
さらに、英語力以上に磨かれるのが課題解決能力です。英語模擬国連では、毎回、国際問題が議論のテーマとして設定されます。国際問題の解決策を自分のバックグラウンドとは異なる国の代表として考え、国益や実情に適った実現可能な政策としてまとめていくのは簡単なことではありません。参加学生は大変な思いをしながら自分なりの解決策を見出していくのですが、そのプロセスが課題解決能力を大きく伸ばします。
もう一つ英語模擬国連の意義として重要なのが、交渉力の養成です。自国の政策を最終的に決議に加えてもらうには、確かな根拠をもって他国大使を説得することも必要になります。あらかじめ提出されている他国の政策を読み、どの国と協力できそうかを考え、できる限り多数の国の賛成を得られるような戦略を練り交渉に臨む。このような取り組みを通じて担当国以外の国の立場や国同士の関係を理解するとともに、社会でも必要とされる交渉の基本的な考え方やスキルを学ぶことができます。
挑戦をサポートし成長を実感できる環境づくり
英語模擬国連に参加する学生を見ていると、そのポテンシャルの高さに驚かされます。最初に参加した時は、いくらしっかり準備をしても当日の議論についていくことができず、実力不足という現実に打ちのめされる学生もいます。しかし、多くの学生が、「大変だったけれどまたチャレンジしたい」と次のチャンスに向けて準備を始めます。そうして努力を積み重ね、3回、4回と参加していくうちに、リーダーシップを取れるような学生が出てくるようになりました。中には、政策の優秀さを称えるベストポジションペーパー賞を受賞する学生もいます。
このような学生のモチベーションは、自分の成長が実感できること、そして他大学の学生と真剣な議論を通して親密な関係を築く楽しさから生まれているようです。また、調べていくうちに国際法や国際政治、国際関係への関心が高まり、国際政治を学ぶために大学院への進学を決めた学生もいます。
2022年11月には神戸で開かれた模擬国連世界大会に2人の学生が参加しました。神戸市外国語大学がホスト校となって世界11カ国から42大学・団体の約330人が参加し、平和の推進をテーマに議論が行われました。参加した本学学生は、大学コンソーシアムひょうご神戸で神戸市外国語大学が開講した「模擬国連世界大会演習」を受講し、準備を重ねてきました。当日は動議や交渉などに果敢に挑戦し、一回り大きく成長できる経験となったようです。
学生には英語模擬国連のような取り組みを通して、発展途上国を含めて広い視野でグローバル社会を捉えてほしいと思います。これからの時代を生きていく人に必要な能力として、立場の異なる視点で考え、さまざまな課題を解決できる力を育てることが私たちの重要な役目です。同時に学生が自分で目標を見つけ、モチベーションを持続させながら自らの成長を実感することができるようサポートに力を入れていきたいと考えています。
Focus in lab
-研究室レポート-
2022年11月、ゼミの4年次生がホストとなって「第1回神戸学院大学模擬国連(KGUMUN 2022)」を開催しました。英語模擬国連の楽しさを体験してもらうイベントとして、本学の学生と附属高等学校の生徒に参加を呼びかけました。高校生にも理解しやすいSDGsをテーマに議事を決定し、運営方法を検討。約8カ月をかけた準備期間には、高校生に向けて英語模擬国連やSDGsについてレクチャーする出張授業の開催や学内への広報活動まですべてを学生が自主的に推進しました。討議を円滑に進める工夫など主催する側としての気づきも多かったようです。イベント終了後、「より多くの人が世界情勢に目を向け、国際社会をよりよくできる環境をつくりたい」という学生の感想を聞き、頼もしさを感じました。
プロフィール
2002 神戸大学大学院国際協力研究科 国際協力政策専攻 博士後期課程 修了
博士(法学) 〔2002年9月 神戸大学〕
2003-2006 神戸大学大学院国際協力研究科 助手
2006-2012 関西学院大学 非常勤講師
2012-2019.9 神戸学院大学法学部 准教授
2019.10-2020.3 神戸学院大学 グローバル・コミュニケーション学部 准教授
2020.4-現在 神戸学院大学 グローバル・コミュニケーション学部 教授