「人生100年時代」の栄養に 基礎研究と応用実践の両面からアプローチ in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「人生100年時代」の栄養に 基礎研究と応用実践の両面からアプローチ(南 久則/栄養学部 栄養学科 教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「人生100年時代」の栄養に 基礎研究と応用実践の両面からアプローチ(南 久則/栄養学部 栄養学科 教授)

消化管機能を通じた健康・栄養学

栄養学は食物中の成分(特に栄養素)が人体に及ぼす影響を明らかにし、その研究成果を疾病の予防・治療、健康増進等に還元する実践科学です。私は、主に消化管の機能、特に栄養素の消化・吸収機構に関する研究を通じて栄養学に携わってきました。

ヒトの生命維持に最も基本的な機能は口腔から食べ物を取り入れ(摂食)、消化し、消化産物である栄養素を体内に取り入れ(吸収)、利用(代謝)することです。ヒトは見ようによっては一本の管ですが、ただの管ではなく、思考し、感情を持ち、活動する"考える管"です。人が一生のうち摂取する食物は約15トンであり、それを消化管は健気に毎日処理しています。また消化管は食物成分が人体と最初に出合う“未知との遭遇”の場です。このような一本の管(消化管)を研究対象として栄養学に関わってきました。

消化・吸収機構に関する研究では、消化管の粘膜表面に存在する二糖類水解酵素活性や糖吸収担体の調節機構、またジペプチドの輸送機構について研究してきました。最近は食物アレルゲンの腸管を介した体内侵入の機序について研究を行っています。食物アレルゲンの腸管を介した体内侵入の過程は食物アレルギー発症の重要なポイントのひとつですが、この機構には不明な点が多く今後解明しなければならない点が多くあり、研究を進めていきたいと考えています。

このような研究は主に、実験動物や細胞を用いた基礎研究ですが、研究対象をヒトにも範囲を広げ、臨床分野や周辺分野にもアプローチを広げています。例えば、炎症性腸疾患(IBD)、特にクローン病(CD)では適切な栄養剤の使用や患者の栄養状態の評価が大切です。そこでIBDを専門とする医療機関と共同研究を行い、CD患者の病態や栄養状態と血清アミノ酸プロファイルとの関連を明らかにし、同時に患者に用いる栄養剤の影響について解析しています。このような研究は、CD患者に対する栄養療法の改善に結びつくものと考えています。また、でん粉の消化されやすさはでん粉の分子形態の違いにより異なりますが、この性質を応用し、異なる分子形態のでん粉を含有する米粉を使用したパンを食べた後の血糖値の変化を調べ、米粉の種類により血糖上昇が異なることを明らかにしました。食後の血糖上昇が緩やかなタイプの米粉を利用した食品は食後の血糖上昇を抑制したい糖尿病患者に有効である思います。

腸管免疫や腸内細菌も面白い

小腸は消化吸収機能だけでなく重要な免疫器官として機能していますが、その点に着目した研究にも取り組んでいます。消化管の重要な免疫機構の一つに、IgA抗体を粘膜側に分泌して(つまり唾液中や小腸の管の中に分泌して)、微生物の体内侵入を防御する役割があります。共同研究を行っている企業から提供を受けた乳酸菌を被験者に2週間摂取してもらい、その後の唾液中IgA抗体量を測定すると、乳酸菌摂取群で著明に増加している事を明らかにしました。この乳酸菌摂取が腸管免疫機能を亢進させ粘膜等からIgA分泌を亢進させることを明らかにしたのです。この研究は粘膜バリア機能を活用した商品の開発へとつながりました。

また現在、シンバイオティクス(ヒトの健康に資する働きをする乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスと、その生育をサポートするプレバイオティクスを組み合わせたもの)の摂取が大腸がん手術後の術後感染症(SSI)に及ぼす効果を検討しています。今後、シンバイオティクス摂取時の腸内細菌叢や腸管内代謝物の変化をさらに詳しく検討していきたいと考えています。

60代からはしっかり食べて運動する習慣を

高齢化が進展していますが、食事・栄養と運動の両面で高齢者の健康をサポートすることがますます重要になってきます。「食事・栄養」と言うと食物のみに注意がいきがちになりますが、私たちの栄養状態は摂取する栄養素の質と量、食物の形態、消化吸収のされやすさ、体内での利用効率、身体活動の程度など様々な要因により影響を受けます。高齢者ではこれらの機能は若い時に比べ変化しています。また健康を維持するには、食事だけでなく運動の重要性も指摘されています。高齢期へさしかかる60代でしっかり食べて運動する習慣を身につけることが、健康寿命を延伸するポイントだと思います。私自身も積極的に啓発活動を行っていきたいと思っています。

企業との連携で「マラソンレシピブック」を作成

神戸学院大学栄養学部では六甲バター株式会社と連携し、3年次生が同社QBBブランドのチーズを使った運動する人向けの栄養補給レシピを考案し、「マラソンレシピブック」として神戸マラソンの参加者に配布する取り組みを行っています。2015年から行っている息の長い取り組みで、コロナ禍で神戸マラソンが2年連続延期となる中でも、同社ホームページ上に公開するなどの対応で継続してきました。マラソンなど運動をしている人の持久力や筋肉増強、運動後の疲労回復などのコンセプトを学生自身で定め、それにマッチしたレシピを考案しています。その過程で、学生にはその食事を利用する目的・場面・状況を考え、食べやすさ、ごみを少なくする方法、調理のしやすさなどを総合的に考えることが大切であることを指導しています。流行の食材を取り入れたり、彩りを工夫したりするなど、学生ならではの柔軟なアイデアには感心させられます。最初に出てきたアイデアを色々検討しながら、だんだんと良いものにしていくプロセスは学生にとっては大きな学びであり、楽しさにもつながっているようです。

私が所属する管理栄養学専攻では管理栄養士を目指す学生が学んでいますが、学生には食事だけの介入だけでなく対象者の全体像(食事・栄養、日常生活など)を把握して、サポートすることが大事だということを絶えず伝えています。「マラソンレシピブック」は社会連携活動の一つですが、このような取り組みが、さまざまな視点から日常生活やシチュエーションを深く洞察するトレーニングにつながり、対象者に寄り添った栄養指導や食事メニューを提案する管理栄養士に必要な能力の育成につながる事を期待しています。

栄養は人々の健康を支える重要な分野ですが、一方で誰もがその当事者としてかかわることのできる身近な分野です。優れた能力を発揮する管理栄養士を育てるとともに、人々が栄養に関する正しい知識を持って暮らしの中に取り入れていけるよう、少しでもお手伝いをしたいと思います。

Focus in class

-授業レポート-

「応用栄養学」の授業では、人が生まれてから死ぬまでのさまざまなライフステージでの栄養、運動・スポーツと栄養、ストレスや災害など特殊環境下での栄養について学びます。学生には食事・栄養の指導だけでなく、対象者の身体状況、運動機能、生活環境などを多面的に判断してアドバイスできる力を身につけてほしいと思います。例えば管理栄養士は、嚥下・摂食障害のある高齢者に対して栄養アセスメントを行い、嚥下能力に合った献立を考えます。しかしそれだけでは不十分で、高齢者本人や他の医療・介護スタッフに栄養上の問題点と解決法を正しく伝え共有する能力が大切です。いずれにしても、管理栄養士は「栄養のプロフェッショナル」の自覚を持ちなさい、と絶えず話しています。

プロフィール

1978.3 徳島大学医学部栄養学科卒業
1980.3 徳島大学栄養学研究科修士課程修了
[1985 保健学博士(徳島大学)]
1980.4-1993.7 徳島大学医学部栄養学科助手
1993.7-1994.3 徳島大学医学部栄養学科講師
1994.4-2000.3 大阪府立看護大学医療技術短期大学部臨床栄養学科助教授
2000.4-2005.3 熊本県立大学環境共生学部助教授
2005.4-2021.3 熊本県立大学環境共生学部教授
2021.4-現在 神戸学院大学栄養学部栄養学科教授
2022.4-現在 同 学部⾧

in Focus 一覧