マーケティング戦略から読み解く百貨店と消費文化の関係性in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ マーケティング戦略から読み解く百貨店と消費文化の関係性(島永 嵩子/経営学部 経営学科 教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ マーケティング戦略から読み解く百貨店と消費文化の関係性(島永 嵩子/経営学部 経営学科 教授)

贈答文化としての「お中元」に着目

日本では、古くから贈答の文化が人々の暮らしに取り込まれ、慣習として深く根付いてきました。贈答文化の中でも「お中元」に着目し、その変遷プロセスを紐解きながら、企業のマーケティング戦略が与えた影響について研究を行ってきました。2021年には、これまでの研究成果をまとめた書籍『「お中元」の文化とマーケティング―百貨店と消費文化の関係性―』(同文舘出版)を上梓しました。

「お中元」の文化に対し百貨店のマーケティング戦略が時代の変化を映し出してきたことは、「お中元」贈答品の新聞広告の変遷を見ていくとよくわかります。1950年代には当時三種の神器と言われた洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビもギフト商品として提案され、1960年代にかけては「ゆたかな暮らし」といったキャッチフレーズが使われました。その後は、「まごころ」「こころ」から「洗練」「本物」といった表現へと変化し、バブル期にはブランド品なども登場しました。約60年分のキャッチフレーズを丹念に調べてみると、百貨店が「お中元」を根付かせようとした戦略、そして人々がそれらを受け入れ、消費文化として発展していく様子がわかります。

このような百貨店のマーケティング戦略だけでなく、婦人雑誌や新聞記事などマスメディアで「お中元」がどのように取り上げられてきたかなどの研究も行い、「お中元」の文化が社会の中で受け入れられていくプロセスを多角的に探究してきました。今、当たり前のように見える「お中元」の風景は、昔からあったものでも固定されたものでもなく、百貨店など企業のマーケティング戦略やマスメディアなどの働きかけが人々の消費行動に大きく影響を与え、互いに関わり合いながら徐々に消費文化として形成されていったものなのです。

文化装置としての百貨店とマーケティング戦略の可能性

このような研究をきっかけに、百貨店のマーケティング戦略についても学術的関心を持つようになりました。百貨店は、贈答文化だけでなく、消費文化全般、またライフスタイルの提案をけん引してきた中心的な存在でした。しかし近年、コンビニエンスストア、専門量販店など新しい小売業態が誕生し、インターネット上で販売を行うEコマースが急速に発展していることで、昔に比べると相対的な地位は低下しています。こうした厳しい状況に対応して百貨店が行っている活性化策について事例研究を行っています。

一つは、百貨店が果たしてきた、文化を生み出す装置としての働きです。これまで人々のライフスタイルや流行の創造に与えてきた影響を明らかにするとともに、現在でも活発に企画・開催されている文化催事の意義を研究しています。文化催事については百貨店担当者へのインタビューも含めて調査・分析し、消費者の知的な欲求を満たす美術や文学、自然、伝統芸術といった幅広い文化的情報発信が店舗の格上げに役立つこと、ブランドイメージや店舗に対する愛着を育てて新規・既存顧客を育成する手段として活用できることなどを示しました。

また、百貨店が自らの責任で商品企画や品ぞろえを行う「自主編集」という仕組みによる業態革新についても調査しました。従来、百貨店は、取引先に売り場を貸し出し、売れた分だけを仕入扱いにして、売れ残りは取引先に返品できる委託・消化仕入形態を採用していました。この手法には、リスクを負わずに多種多様な商品を幅広く提供できるメリットはありますが、利益率が低く、品ぞろえが取引先の意向に左右され売り場の個性を打ち出しにくいという欠点があります。これに対して「自主編集」は、百貨店自らが商品を買い取って在庫リスクを負担する代わりに、商品構成に関する意思決定を自社で行い利益率を高められる仕組みです。実際に「自主編集」を導入している百貨店でインタビュー調査などを行い、コスト削減、販売力の向上、顧客との関係強化などを通して競争力を高めていける可能性を明らかにしました。

百貨店は今、コロナ禍の影響を受けて業態としての存在意義が問われています。各地の百貨店が相次ぎ閉鎖する一方で、ビジネスモデルの転換などによるさまざまな生き残り策が展開されてきました。最近、オンラインとオフラインの融合を意味する「OMO」をキーワードにした新たな戦略も打ち出しています。たとえば化粧品など対面が基本だった領域でもリモートでの顧客サービスを展開し、販売につなげています。今後の研究では、リアル店舗とネットとのすみ分けがどのように進んでいくのか、それが消費文化にどのように影響を与えていくのかについて研究を深めていくつもりです。同時に、ネット全盛の時代におけるリアル店舗の在り方についても明らかにすることで、地域の活性化や街づくりに貢献できればと思います。

他者の立場で考えるマーケティングの基本を実践

研究において現場での調査を取り入れているように、学生の教育においても現場での実践を体験してもらうアクティブ・ラーニングを重視しています。特にゼミでは、地元企業が抱える課題について、一緒に解決策を探り提案する活動を行っています。企業の方々と連携することで企業の悩みが自分事として捉えられ、学びに対するモチベーションを高められるようです。

神戸新聞社が主催する、兵庫県内企業の抱える経営課題を大学生が解決する「課題解決ラボ」も、その取り組みの一つです。2019年には、優れたシュリンク包装技術をもつ企業に対して、既存技術を生かした新たな事業を提案するという課題に取り組みました。学生たちは、この会社の持つB to Bの包装技術をB to C、つまり一般消費者向けに提供するというユニークなアイデアを具体化し、消費者が自分で好みのデザインや包装材などを選んで自動で包装してもらえるラッピングロボを使ったサービスを提案しました。贈り物の包装についての悩みを消費者へのアンケート調査で把握するなどマーケティングの基本をきちんと踏まえ、包装紙に付いたQRコードにスマホをかざすと贈り主のビデオメッセージが見られるというきめ細かな工夫を盛り込みました。消費者の気持ちを汲んだ行き届いた内容が評価され「審査員特別賞」を受賞。企画提案にあたっては教員があまり口出しをせず、自由に創造力を発揮できたことが良い結果につながったのだと思います。

このような取り組みを継続して行っていくことで、企業の課題を聞き取る力や発想を生み出す力が身につくだけでなく、ゼミ全体が活性化するというメリットを感じています。学生同士でディスカッションを重ね、自分の意見をきちんと理由を述べながら説明したり、意見が衝突したりしても、最終的には全員が納得して合意できるスキルが向上してきています。

マーケティングは、他者の立場に立って物事を考え、ニーズを見つけて市場を創造することが基本です。実践を通して、自然とそのような姿勢を身につけていくことができるような学びの場を提供していきたいと思っています。

Focus ㏌ lab

-研究室レポート-

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、企業と連携した活動が行いにくい状況でしたが、学生たちは積極的に取り組んでくれました。「課題解決ラボ」は4年ほど取り組んでいますが、応募にあたってゼミ紹介動画を提出する必要があったり、企業訪問が実施できなかったりと、例年にないことばかりでした。それでも、企業の紹介動画を参考に研究したり、企業にアポを取ってオンライン会議の設定を主体的に進めたり、提案内容を盛り込んだプレゼン動画もいろいろ工夫して作成していました。初めてのことに挑戦し乗り越える経験から学び、成長していく姿を見て、改めて学生たちの可能性の大きさに触れた思いがします。

プロフィール

流通科学大学商学部卒業
神戸大学経営学研究科博士後期課程修了
博士(商学)[神戸大学]
神戸学院大学経営学部 専任講師
神戸学院大学経営学部 准教授
神戸学院大学経営学部 教授

in Focus 一覧