「責任ある行政」の実現に向けて政策評価のあるべき姿を追究するin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「責任ある行政」の実現に向けて政策評価のあるべき姿を追究する(橋本 圭多/法学部 法律学科 准教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「責任ある行政」の実現に向けて政策評価のあるべき姿を追究する(橋本 圭多/法学部 法律学科 准教授)

「行政」で何が行われているのかを解明する

私は、行政学を専門に研究しています。行政は、その範囲や役割が非常に多岐にわたっているのが特徴です。私たちに身近な暮らしを考えてみても、水道、電気・ガス、通信、交通、警察や消防、教育など、行政機関が担う公共サービスがいかに広い範囲に及んでいるのかがわかるでしょう。また、中学や高校で習う「三権分立」の考え方からすれば、行政は国会が制定した法律を執行するだけというイメージがあるかもしれませんが、実際はそれを超えた働きをしています。たとえば、国会に提出される法案のほとんどは、国会議員ではなく、中央省庁が作成し内閣が国会に提出しています。衆議院・参議院で法案が可決されると法律になりますが、法律で定めているのは大枠だけで、運用に関する詳細は内閣や国務大臣が制定する政令や省令で定められます。このように、政策の立案や実施には高い専門性が求められるため、多くの部分が行政に委ねられているのです。

さらに、多くの政策は中央省庁が単独で取り組むことは難しく、地方に設置される出先機関や都道府県・市区町村において実施されます。他にも独立行政法人や民間企業、非営利団体など、様々な存在が行政に関わっています。このように、行政は幅広い役割を担い、多層に分かれた複雑な構造を持っているため、簡単には捉えにくいのです。そんな行政において、何が行われているのかを詳しく解明していくのが行政学という学問です。

行政のあり方を検討する視点の一つは、「責任ある行政」をどう実現するか、ということです。政策の立案に携わる官僚は公務員試験を経て採用されており、選挙を通じて選ばれる政治家とは異なります。政治家が誤ったことをすれば選挙で責任を追及できますが、官僚はそういうわけにはいきません。そこで、行政責任という考え方が重要になります。行政が誤った場合にはその責任を追及して活動を修正させることができ、また、職員自らが責任感を持って自律的に活動できるような行政を、民主主義の観点からどのように実現するのかは重要な問題です。

実態調査を通じて政策評価の問題点を探る

責任ある行政を実現するための一つの手段と言えるのが、私自身が研究テーマとしている政策評価です。政策評価では、立案・実施された政策についてその過程や効果を検証し、政策の目的が達成されているのか、達成されていなければどこに問題があるのかを明らかにします。政策評価は1960年代以降にアメリカで取り組まれるようになり、日本では1990年代後半から全国の地方自治体で導入されました。2001年には政策評価法が制定され、国の行政機関も政策評価を行うことが義務付けられました。

政策評価法の第1条には「国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする」と定められています。政策評価を通じて行政活動の内容を国民・市民が納得するように説明することは、政策への理解や行政活動のチェックを可能にし、質の高い行政につながります。政策評価は、情報公開などと並んで、行政の透明性を高め責任を確保するための重要な仕組みなのです。

しかし、日本で行われている政策評価には、様々な問題点も指摘されています。たとえば、政策評価が各府省による自己評価として行われているため、自分たちに都合の良いように評価する「お手盛り評価」になっているのではないか、という批判があります。また、評価に手間やコストがかかって本来の業務を圧迫してしまう「評価疲れ」といわれる問題も指摘されています。さらに、ひとくちに政策といっても、経済や福祉など政策領域ごとに活動内容は異なるため、行政の現場で行われる評価のあり方も違います。それらの検討には事例研究が重要だと考え、様々な分野で行われている政策評価の実態調査・分析に取り組んでいます。

これまでに、男女共同参画政策における評価の実態や、沖縄振興予算の評価制度などについて調査を行い、研究成果を『公共部門における評価と統制』(晃洋書房・2017年)という書籍にまとめました。中でも男女共同参画政策の評価については、私のような行政学の研究者だけでなく、ジェンダー研究を専門とする研究者や各地で男女共同参画の専門業務に携わる実務家との共同プロジェクトとして取り組みました。日本全国の地方自治体や男女共同参画事業の拠点となっている施設を対象にアンケート調査とインタビュー調査を行って現場の声を聴くことができたことは、私にとって貴重な経験となりました。2021年度からは「ポストコロナ時代の公共サービスと政策評価」をテーマに、コロナ禍において医療、保健、福祉、教育、相談業務、就労支援などの分野で職務にあたる専門職公務員、いわゆるエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちの実態調査を共同で進めています。調査からは、職員の不安定雇用や待遇差の背景にジェンダー格差の問題があることが明らかとなっています。これまでの研究から得た知見を生かし、実態の解明につなげていきたいと思っています。

JAXAと共同で研究開発評価の実態を研究

こうしたテーマと並行して、科学技術政策の評価に関する研究も進めています。日本では1995年に科学技術基本法(現・科学技術・イノベーション基本法)が制定され、国が科学技術基本計画の策定や予算配分などを通じて科学技術振興を図る取り組みが始まりました。その一環として、1997年から、研究開発の課題やそれを行う機関を評価する「研究開発評価」が行われるようになりました。限られた予算を有効に配分したり、研究開発課題が期待された成果を生み出しているのかを検証したりするための仕組みですが、政策評価と同じように、やはり問題もあります。

国の研究開発を担うのは国立大学や国立研究開発法人などの機関ですが、国が機関に交付する運営費交付金はこれまで毎年のように削られてきました。代わりに、研究開発に必要な予算は、審査を経て採択された研究開発テーマだけに支給される競争的資金に頼らざるを得なくなっています。また、若手研究者の有期雇用が増えたことで、任期中に成果を出そうと、短期的に成果の出る研究に取り組む傾向が顕著になりました。基礎研究のように腰を据えて取り組む必要のある研究や、成果が予見できないような創造的な研究に取り組むのが難しい状況も生まれています。日本から発信される学術論文の数も海外と比較して低下してきており、今後はこれまでのようにノーベル賞受賞者を輩出することも難しくなるとも言われています。研究開発評価には、「評価を行うこと自体がかえって研究を阻害している」、「現場のニーズに合わない評価が行われている」といった問題点が指摘されているのです。

このような研究開発評価について、実際に現場ではどのような評価が行われているのかを調査したいと考え、現在、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究プロジェクトを行っています。JAXAは、H-IIAロケットや小惑星探査機「はやぶさ」などで有名ですが、それ以外にも様々な研究開発が行われています。私たちの研究プロジェクトでは、JAXA研究開発部門の職員を対象に研究評価についてのアンケート調査を実施し、その結果を研究論文にまとめて発表しました。

調査結果から、評価業務に投じられている労力が膨大である一方で、評価の目的について組織の中で共通の理解や合意がないという問題が浮かび上がってきました。研究内容の改善が目的だと理解する人もいれば、組織内における研究費の配分や組織内外に対する説明責任の確保、研究者本人の業績評価や人事考課に用いられると考える人もいました。評価を研究開発業務の向上に生かすためには、組織全体として評価の目的を明確にし、評価業務を誰がどのように、どの範囲まで行うのかを吟味して、戦略的に評価を行う必要があると考えられます。このような問題はJAXAの他部門や他の国立研究開発法人にもあるのではないかと考え、引き続き調査を進めているところです。

このように、公共部門で取り組まれる評価には様々な問題がありますが、政府や行政の各機関で何が行われているのかを把握し、政策や行政をよりよいものに改善していくために評価は欠かせません。社会が直面する課題を解決していくためにも、評価をうまく活用していけるかが今、問われていると言っていいでしょう。これからも、政策評価の実態を現場で携わる人の声を聴きながら調査し、問題点を明らかにし、問題の解決に何が必要なのかを見極めていきたいと思っています。

Focus ㏌ lab

-研究室レポート-


行政は私たちの生活に深く関わっていますが、行政がどのような活動をしているのか、どのような仕組みで機能しているのかを、私たちが日常で目にする機会はほとんどありません。そこで、行政学や公共政策を学ぶ学生には、社会と行政の関わりが理解できるよう、政府資料や新聞記事を活用して行政活動がどのように行われているのかを解説したり、実際に行政の現場で働いている職員の話を聞く機会を設けたりしています。授業では、総務省兵庫行政評価事務所や神戸市の協力を得てシンポジウムや講演会を共同で開催し、国家公務員や地方公務員がどのように業務に携わっているのかについて話をしていただいています。また、ゼミでは学生自ら関心のある研究テーマを設定し調査します。行政は幅広い分野に関わるだけに、学生の研究テーマも、雇用・労働政策、海上法執行、都市政策、公共事業、ジェンダーなど多岐にわたっています。自分の調査したテーマだけでなく他のゼミ生の発表に触れることで、行政の仕組みや社会の枠組みについて知識や思考を広げる機会にもなっています。

プロフィール

2011年 同志社大学政策学部卒業
2012年 同志社大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程修了
2015年 同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程単位取得退学
2016年 博士(政策科学)(同志社大学)
2015-2017年 同志社大学政策学部助手
2017-2019年 神戸学院大学法学部講師
2019年-現在 神戸学院大学法学部准教授

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