2010年10月 グローバル・ヒストリーを通して他者を理解し自分を客観視できる力を育てる
ダイナミックな世界史、グローバル・ヒストリー
少し前から、グローバル・ヒストリーという歴史学の一分野が注目を集めています。世界史というと、個々の国の歴史や国と地域との関係などに焦点を当てることが多いのですが、グローバル・ヒストリーは国や地域という視点とは切り離したところに存在する人やモノの動き、文化の伝播などに着目しようという新しい歴史観に基づいています。たとえば、新型コロナウイルス感染症の世界的流行のような出来事は大昔にも起こっており、まさにグローバル・ヒストリーが対象とする現象と言えます。一つの地域で起こった病気が、なぜ国境線を越えあっという間に世界に広がったのかという問題を考えるのに、国家間の関係性を見ていただけでは、答えにたどりつけないでしょう。
欧米の伝統では、歴史学といえば自国やヨーロッパの歴史を掘り下げる学問で、それ以外のアジア・ラテンアメリカ・アフリカなどについての学問は地域研究と呼ばれ、歴史学とは切り離されていました。しかし、ヨーロッパ中心に歴史を見ていくだけでは、世界全体の本来の力関係を見失ってしまう、と考える学者が出てきました。たとえば、産業革命以降は、確かにヨーロッパ中心に世界が動くようになりましたが、それ以前の流通を見ると中国や東南アジア・インドなどのほうが活発でした。そのような世界中に存在していた豊かなネットワークの全体を追わなければ、本当の意味で人やモノの移動の歴史をとらえることができないのではないかというのです。そこから、それまでの常識であったヨーロッパや中国などを中心としてその推移を探るという方法ではなく、周辺領域や大国間をつないでいる地域に焦点を当てることで世界全体の歴史の流れを描くという、グローバル・ヒストリーの発想が注目を浴びるようになりました。
その背景の一つには、グローバル社会になって人やモノの移動が活発になり、経済・文化面で世界的な交流が広がったことがあります。このようなあり方は、現代になって初めて起こったことではありません。歴史を紐解けば、実は国境線のない時代のほうが多いのです。現代を知る意味でも、国境線を取り払いグローバルに世界の歴史を見ていくことが重要だという認識が進みました。
グローバル・ヒストリーの面白さは、点と点を結ぶ線が網の目のように入り組んで形成されるネットワークという考え方を導入して、世界の歴史の見え方を変えていくところにあります。たとえばインドと中国という大国を結ぶ線があるとすると、その真ん中にある東南アジアのマラッカ海峡を中心に見てみる、中国とイランを結ぶなら中央アジアから見てみるなど、多様な観点で世界史を眺めることでさまざまな新しい発見があります。また、地球規模の大きな見方で歴史を探るところもポイントです。人が何をした、何があったという歴史だけでなく、地形、海流、気候といった地理的な観点、さらに環境なども取り入れた、まさに地球的な視野で追求する歴史です。世界史がとてもダイナミックに見えてくるのがグローバル・ヒストリーの醍醐味なのです。
歴史学習で身につける現代社会を生きるスキル
歴史学を学ぶ最も重要な意義は、他者を理解するということです。自分とはあまり関係のない人や社会について、しかも今とは異なる時代について研究する歴史学を通して、他者を理解するスキルを身につけ、自分を見つめ直すことができるのです。たとえば、私の専門のドイツ外交史に関連することで言うと、第二次世界大戦下でナチスドイツが行ってきた犯罪を現代のドイツ社会がどのように研究し、その成果をどのように教育に反映させているかを知ることで、日本はどうだったのかを見つめ直すことにつながります。現代日本の歴史認識だけを見て議論しても価値観の戦いになってしまいがちですが、ヨーロッパの事例と比較してみれば日本を客観的に見て新たな議論ができます。自分の考え方が絶対ではないことを知り一面的な考え方を修正する、人間や社会の理解にとって重要なプロセスにつながるのです。
さらにグローバル・ヒストリーを学ぶことで、高校までの世界史学習で身についた国家を前提とした見方や大国中心の見方だけが正しいわけではないことに気づかされます。さらに、地球的な歴史を知ることは、現代のグローバル社会のあり方を客観的に見つめることにもつながるでしょう。
こうした考えから、『教養のグローバル・ヒストリー 大人のための世界史入門』(ミネルヴァ書房・2018年) を執筆し、世界史の授業のためのテキストとしています。高校世界史の教科書に書いてある内容だけを使って、グローバル・ヒストリーとしてまとめたものです。世界史やグローバル・ヒストリーの研究を通じて得られる、他者をしっかりと見てその価値観を理解し、自分を客観的に見るスキルは、社会に出てからさまざまなものの見方に影響を与える重要な能力です。今後さらに進展するグローバル社会を生きていく若い人にこそ、しっかりと身につけてほしいと考えています。
神戸はグローカルな学びが実現できる町
フィールドワークで移情閣孫文記念館へ
神戸はグローバル・ヒストリーを学ぶのに格好の場所です。たとえば、明石海峡大橋のたもと、舞子公園にたたずむ異国情緒あふれる美しい建物、
また、ユダヤ教の教会であるシナゴーグが北野にあるのも、神戸がユダヤ人のゲットー(集住地)があった上海と結びついていることを示しています。第二次世界大戦中にヨーロッパでユダヤ人迫害が激化した時、リトアニアの領事館に勤務していた
ゼミで横浜中華街を訪問
学生たちとは、このような地域の歴史、世界とつながる歴史を見てまわるフィールドワークを行っています。実際に見て歩くことで、どのようにして自分たちの町が形成されてきたのかをグローバルな視点で見ることもできます。ローカルとグローバルを合わせたグローカルという言葉がありますが、神戸はグローカルな学びが実現できる町なのです。
また、神戸だけでなく横浜でもフィールドワークを行い、2つの町を比較しました。横浜は神戸と同じ幕末に開港した町ですが、神戸より中華街の規模が大きく、神戸のようにたくさんの洋館が現存していないなど、さまざまな違いがあります。それはなぜなのか、学生が自分で町を歩き調べて理解するところに意味があります。その経験を通して自分の町である神戸を客観的に見ることができ、明治以降の近代日本の歩みを世界とのつながりからとらえることもできるでしょう。こうしたフィールドワークを積極的に織り交ぜながら、歴史の見方を学生と一緒に発見し、つくり出していきたいと思っています。
Focus on lab
―研究室レポート―
ドイツ・ダッハウ強制収容所跡地を見学
ヨーロッパの歴史・文化を学ぶゼミの学生たちとともに、ドイツを中心としたヨーロッパへのフィールドワークに出かけました。ドイツにおいてナチスの過去がどれくらい意識されているのかを実際に見てほしい、過去の記憶をきちんと残し、過去を思い起こすことで自分たちの文化をつくるというヨーロッパの発想を知ってほしいと思って企画しました。学生たちは強制収容所跡地などの施設を見学し、町全体に暗い側面も含めて歴史がしっかりと保存されているのを自分の目でしっかりと確認し、日本との違いも発見できたようです。また、悪しき歴史から目を背けないだけでなく、誇らしい歴史も大事にする西欧的な意識も、宮殿、美術館や教会など素晴らしい文化遺産を通して実感したでしょう。リアルな現地の空気や風土などを肌で感じる大切さを理解してもらえる、よい機会になりました。
プロフィール
1998年 熊本大学文学部史学科 卒業
2001年 熊本大学大学院文学研究科修士課程 修了
2004年 九州大学大学院法学府博士後期課程 単位取得満期退学
博士(法学)[2007年3月(九州大学)]
2004-2006 九州大学大学院法学研究院 講師
2005-2010 福岡大学人文学部 非常勤講師
2007-2011 久留米大学法学部 非常勤講師
2011-2014 平成国際大学法学部 非常勤講師
2014-2017 東京成徳大学高等学校 専任講師
2017- 神戸学院大学人文学部 准教授