2020年2月 ビタミン研究で健康寿命を延ばすin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ ビタミン研究で健康寿命を延ばす 田中 清 TANAKA KIYOSHI 栄養学部 教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ ビタミン研究で健康寿命を延ばす 田中 清 TANAKA KIYOSHI 栄養学部 教授

骨粗しょう症のリスクを下げるビタミンD

私は、ビタミンという栄養素による高齢者の健康増進を大きなテーマに研究を続けています。ビタミンは、人々の健康増進にとって非常に大切な役割を果たしているのですが、その重要性は十分に認識されていません。というのも、ビタミンが重度に不足した「欠乏」状態になると特徴的な症状が出て病気と認められやすいのですが、軽度の「不足」状態では目立った症状が出ないことが多いからです。

しかし、ビタミン不足は生活習慣病のリスクを確実に高めます。たとえば、ビタミンDやKの不足は骨折を招き、葉酸やビタミンB12の不足は心疾患や脳血管障害のリスクを増加させることが知られています。予防医療が重視される現代では、「欠乏」を回避するだけでなく「不足」にも着目して潜在的な病気のリスクを低下させることが重要だと考え、ビタミンの研究を進めています。

なかでも、高齢者の方がよくかかる病気の一つ、骨粗しょう症に対するビタミン摂取の効果は、主要な研究テーマの一つです。骨粗しょう症とは、骨の量が減って骨の構造が乱れ、骨折の危険性が増した状態で、患者さんの多くは症状がありません。それなのに予防・治療の必要があるのは、骨粗しょう症が進行することで起こる骨折が、高齢者の健康を大きく損なうからです。特に、大腿骨近位部骨折という足の付け根の骨折を起こすと、まず歩けなくなり、そればかりか長期に寝たきりになることで他の病気を併発する可能性が高まります。元の生活レベルに戻れないことも多く、要介護の要因の一つにもなっているのです。

骨粗しょう症を予防するには、栄養面では骨にとって大切な栄養素であるカルシウムだけでなく、カルシウムの吸収を助けるビタミンDも併せて摂取する必要があります。ところが、健康な人を含めてビタミンDが不足している人が世界的に増えていることが、最近の研究で明らかになってきました。日本で行われた調査でも、年代を問わずビタミンDが不足しており、男性の7割、女性では9割もの人が不足しているという結果が出ています。

これは、今までに摂っていたビタミンDの量では不足しているということを示しています。骨粗しょう症のリスクの高い高齢者では、状況はさらに深刻になります。実際、私たちが京都市内の高齢者施設で調査したところ、ほとんどの高齢者が国が定める基準量以上のビタミンDを摂取しているのに、不足状態になっていました。

各栄養素やエネルギーの基準量は、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」として定め、栄養摂取の実態などに応じて5年ごとに改定しています。2020年度から5年間使われる最新版では、18歳以上のビタミンD摂取目安量が従来の5.5㎍から8.5㎍に増えました。新たな基準量は、世界的なビタミンD不足の現状や私を含め多くの研究者の研究成果を受け、骨折リスクを上昇させないという観点で定められており、骨粗しょう症予防にもよい影響が期待できます。

ビタミンDの優れた働き

ビタミンDは、脂ののった魚に豊富に含まれていますが、食べ物からだけでなく紫外線の作用によって皮膚でも生成されます。魚に多いのも、紫外線が当たることでプランクトンの中でビタミンDができ、それを魚が食べ、さらに大きな魚が食べ、と食物連鎖の中で濃縮されるからです。

近年、ビタミンD不足が世界的に増えている理由の一つには、紫外線を悪者にしすぎていることがあるでしょう。日本では10分から15分ほども戸外にいれば十分なビタミンDが生成されるので、完全に遮断してしまうことのないようにしたいものです。ただし緯度の高い、たとえば札幌の冬の日照量だと、お昼前後以外は十分なビタミンDができません。その場合は意識的に魚を食べたり、サプリメントで補充したりする工夫が必要です。

ビタミンDはカルシウムの吸収促進だけでなく、筋力維持にも役立っています。骨粗しょう症による骨折のうち背骨で起こるもの以外は、ほぼ100%転倒によって起こっています。ビタミンDの適切な摂取が、骨がもろくなるのと筋力が落ちて転倒しやすくなるのと、その両方を予防し骨折リスクを低下させるのです。

また、ビタミンDは骨粗しょう症だけでなく、がんや糖尿病、さらには免疫系の病気の予防にとっても、よい働きをしているという調査結果も発表されています。研究がどんどん進んでいるので、今後、ますますその優れた働きが明らかになってくるでしょう。

このビタミンDをはじめとする栄養や食事の改善は、運動療法とともに検診で少し数値が悪かったという程度の低リスクの人を病気から遠ざける低コストで安全な方法として社会的にも大きな意味があります。骨粗しょう症の他にも、筋肉量が減少していくサルコペニアや、加齢によって心身が衰えていくフレイルなど高齢者の健康を損なう症状に対するビタミンの有効性を研究し、超高齢社会の健康寿命を延ばすことに貢献したいと思います。

健康意識を高める地域貢献活動

研究とともに力を入れているのが、NPO法人による骨粗しょう症を知ってもらうための活動です。骨粗しょう症は、一般の方にはまだまだ知名度の低い病気です。リスクのある人に、そのことに気づいてもらい、積極的に検診を受けてもらえるよう情報提供をしていくことが重要です。病気そのものや予防の知識を学ぶ講演会を中心に、「骨量検査」や「管理栄養士による食事相談」「健康運動指導士が指導する運動教室」「骨を強くする料理教室」なども実施。医師だけでなく、管理栄養士などの専門職が協力し合って、病気予防に役立つ取り組みを進めています。

また、本学では地域の方を対象にした「体力測定会」を総合リハビリテーション学部と栄養学部との共同で実施しています。総合リハビリテーション学部が参加者の歩く速さや筋力など体力を測定し、栄養学部は食事調査や採血によるビタミンD濃度の測定などを行っています。

管理栄養士を目指す学生にとって、このような機会を通じて地域の方々と触れ合い、生の声を聴かせていただくことは、とても貴重な経験です。病院に勤務する管理栄養士は、糖尿病などの患者さんに栄養指導を行いますが、症状のない方に我慢を強いるような食事指導をするのは難しい側面があります。その時に問われるのは、患者さんに信頼していただけるだけの総合的な人間力。学生のうちにできるだけ多くの方の暮らしに触れ、感じ方や考え方を知っておくことは、人間力の土台をつくることにつながるでしょう。今後も地域貢献活動に積極的に取り組み、学生が学外でさまざまな経験をする場を増やしていきたいと考えています。

Focus on lab
―研究室レポート―

ゼミでは、学生の卒業研究の一環として、慢性期の病院などで患者さんの栄養調査を実施しています。共同研究として、病院が保有する患者さんの骨密度や歩く速さ、筋力などのデータと栄養調査のデータを合わせて分析することで、食事や栄養素が骨密度・筋力などにどのような影響を与えるのかを見ていこうというものです。卒業研究のデータを取るだけでなく、臨床の現場で患者さんと直接話をすることで、観察力やコミュニケーション能力など、将来、管理栄養士として働く上で役に立つ能力を磨く場にもなっています。

プロフィール

1977年 京都大学医学部医学科 卒業
1983年 京都大学医学研究科 単位取得満期退学
 医学博士 [1984年7月(京都大学)]
1977年-1979年 天理よろづ相談所病院 内科系研修医
1983年 京都大学医学部附属病院 医員
1984年 天理よろづ相談所病院 内分泌内科医員
1984年-1986年 米国オレゴン大学医学部内分泌内科 Research Associate
1986年-1990年 静岡県立総合病院 核医学科・内分泌内科 副医長(1988年- 医長)
1990年-2000年 京都大学放射性同位元素総合センター・京都大学医学部附属病院 助手
2000年-2004年 甲子園大学栄養学部 教授
2004年-2018年 京都女子大学家政学部食物栄養学科 教授
2018年- 神戸学院大学栄養学部 教授

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