2020年1月 「神戸らしさ」を研究し個性あるまちづくりに生かす
コンサルティング経験からブランドを研究
私は、中小企業診断士として東京を拠点に活動してきました。商店街の豆腐店や青果店から、自動車、家電、化粧品、コンビニエンスストアなど、幅広い企業のコンサルティングを手掛け、どうしたら売れるのか経営者の方々と一緒に知恵を絞る経験の中で興味を持ったのが、「ブランド」です。ブランドとは企業の製品やサービスを識別するためのネーミングやロゴ・シンボル等のことですが、90年代からマーケティングの中心的課題、さらに企業全体の戦略として、いかにその「価値」を高めて伝えるかが重要になりました。
経営戦略として提案できればと、大学院に入学してブランド・マーケティングを本格的に研究。まちとそこにある一つ一つの店や企業、それら相互の関係性に着目し、全体をブランドとして研究したいという考えが浮かびました。経営専門誌の記者として面白い取り組みをしている商店街や店舗などの事例を取材した経験があり、また全国的に商店街が疲弊していたため、ブランド構築の手法をその活性化に役立てられないかという気持ちもありました。
今でこそまちを一つのブランドとして捉えることは一般的になりましたが、製品など形のあるものやサービスを対象にした研究がほとんどだった当時は、まだ珍しい視点でした。私自身がそれまでにコンサルティング実務でやってきたことや海外の文献を活用しながら、都市や地域と店・会社・組織などが互いに良い影響を与え合うという関係についての研究を進め、論文をまとめました。以来、まちと店・企業のブランドの共創関係をテーマに研究を続けており、商店街の活性化にも長く関わってきました。
子どもたちとお店づくりワークショップ
東京から神戸に移り住んでまだ2年目ですが、私が日々感じているのは神戸というまちの奥深い魅力です。まちとそこに立地する店舗や企業などが、お互いに良い影響を与えながら発展してきた、まさに共創関係のモデルのような都市だといっていいでしょう。
なかでも注目しているのが元町です。神戸の歴史を象徴する旧居留地のたたずまいがあり、まちのアンカーストア、つまり基幹となる店としての大丸神戸店を中心に美しい街並みが広がっています。品があるのに決して格式張ったところがなく、多様な人を受け入れてくれる懐の深さも特徴でしょう。まちとそこに存在する店・企業が織りなす雰囲気と人々の暮らしとのつながりが、神戸のアイデンティティ(核)として人々の心に根づいているのを感じ、こんなにも大きな影響力を持つ場があることに感動しています。
そんな元町で、2019年9月、「もとまち こども大学」の新しいプログラムに参加しました。「もとまち こども大学」とは、2017年から神戸学院大学と大丸神戸店が、未来を担う子どもたちの創造性を高めることを目的に、大丸神戸店を教室に見立て、年間を通してさまざまなプログラムを協働関係しています。私が担当したのはそのうちの一つ、小学生を対象とした「もとまちこどもマルシェ~マーケティングで学ぶ売れるお店のつくり方」というワークショップです。
店づくりを3つのパートに分け、大丸神戸店のCS(顧客満足)部門のプロが接客やおもてなしの心を、兵庫六甲農業協同組合(以下JA)が商品となる兵庫県産の農産物の特徴を、そして私がマーケティングの基本としてお店のコンセプトづくりや仕入れ・販売計画をそれぞれ担当して、わかりやすくかみ砕いて教えます。私のパートでは、マーケティングの考え方を販売に取り入れて、「買ってください」と言わなくてもお客様が自然に買いたくなる店づくりを目指してもらいました。
10人の子どもたちが2つのチームに分かれ、ゼミ生と有志で集まってくれた学生がそれぞれのチームをサポート。「季節感」「カラフル」「栄養」の中から自分たちの店で打ち出したい特徴(コンセプト)を選び、それに合わせて10種類の中から仕入れる野菜を選択し、「一押し」の商品を決めます。さらに全品の試食とJAの方に教えてもらったことから、それぞれ担当する野菜のPOPを描くことを宿題にして第一段階は終了です。その1週間後には第二段階として、大丸神戸店の外廊で2つのブースを出し、実際のマルシェ(市場)「もとまち こどもマルシェ」を開いて販売を体験してもらいました。兵庫県産の新鮮な野菜・果物、商品の“売り”をきっちり押さえたカラフルなPOPと元気な呼び掛け、おもてなしの心で、たくさんのお客様に喜んで買っていただくことができ、子どもたちにとって達成感のある素晴らしいマルシェになりました。
学生にとっても、大丸神戸店の「笑顔、挨拶、大きな声」という顧客応対の基本や、野菜・果物の旬や選び方などをプロから学べる良い経験になりました。また、子どもたちの相談に乗ったり、子どもたちがお客様とのコミュニケーションを深めるのを助けたり、プログラム全般で主体的に行動する姿が見られました。子どもたちのサポートを通して、人と人との関係を円滑にしたり上手に目標の達成に導いたりする方法など、多くのことを学んだと思います。真摯な子どもたちと学生の姿から、私自身にも得難いたくさんの学びがありました。
次の時代に必要なものを考える能力を育てたい
マーケティングは、時代とともに変化します。形ある製品を主な対象とする時代に比べると範囲が大きく広がり、現在はあらゆることがマーケティングの課題として取り組まれるようになりました。ブランド構築のあり方も含め、常に変化し、発展し続けているのです。
学生には、この変化・発展のプロセスを理解したうえで、AI(Artificial Intelligence 人工知能)やIoT(Internet of Things あらゆるものがインターネットに接続されること)が進展する今後、どのような世の中になるかを自分たちで考えてほしいと思います。若い世代の人は感性が豊かで常に時代の中心にいるのですが、ただ「受け身の消費者」として暮らしているだけではそのポジションを活かすことはできません。しかし、経営学やマーケティングの知識を学びその変遷を知ることによって、自分たちにも次のトレンドやイノベーションを創れるはずだということに気づきます。専門知識の裏付けを得て、社会や人々の暮らしの中で次に何が求められるかを考える力を身につければ、社会に出て働く際にも大きな強みになるでしょう。
このような能力を養うためには、学生時代にできるだけ社会とつながりを持っておくことも大切です。東京で商店街の活性化に携わっていたとき、近隣の大学生が商店街にあるスペースを利用してコミュニティカフェを開きました。週に一度の取り組みでしたが、まちの中がパッと明るくなりました。商店街のキャラクターを活用したイベントや情報発信をしてくれた美大の学生たちもいて、やはり発想力が豊かだとも感じました。このような、地域の人と触れ合いながら地域社会を元気にしていくという経験が、学生がもともと持っている能力を高めるのだと思います。今後はゼミなどでも、学生がまちに出て活動する場を増やしていきたいと思っています。
学生の教育とともに、神戸をベースにしたブランド研究を進展させていくことを今後の目標としています。今、東京への一極集中が進んでいると言われていますが、東京に人が集まり、どのまちにも同じようなチェーン店が出店するなど、それぞれのまち自体が持っていた魅力や個性がどんどん失われています。それと呼応するように、取り残された地方は人口が流出して活気を失い、個性が色あせてしまったところも多くあります。
そうした現状に対して、神戸をはじめとする魅力あるまちや店のあり方、その結びつきのあり方を研究し、どうしたらこのような個性の輝くまちに戻ることができるのかを探っていきたいと思っています。神戸は山にも海にも繁華街にも歩いて行け、自然豊かな島もすぐ近くにあります。日本広しといえども、こんなまちはそうはないでしょう。また、行く先々に必ずといっていいほど、心を癒してくれる個性的で雰囲気のよい店舗があるのにも驚かされます。そしてそれを大切にしている人々がいます。このようなまちのあり方から「神戸らしさとは何か」を見出し「神戸スタイル」として定義し、まちづくりのモデルとして提案していきたいと思っています。
Focus on lab
―研究室レポート―
1年次から3年次まで3つのゼミがあり、いずれもマーケティング、ブランドをベースにしています。1年次のゼミでは、営業・販売・サービスという企業の重要な活動分野を中心に、お客様の持っている課題を見つけて解決策を考え、提案方法を学びます。2年次では、社会的な課題を解決するためのビジネス・プランを作成しています。充実した学生生活のための仲間づくりを考え、グループワークが中心です。3年次では改めて主要なブランド論と、自分の好きなブランドがどのような手法で構築され、価値を伝えているかを学んでいます。
プロフィール
1985年 学習院大学経済学部経営学科 卒業
1985年4月-1988年3月 株式会社村田合同
1991年4月 中小企業診断士 資格取得
1992年1月-2018年3月 木暮経営企画研究所
2003年 早稲田大学大学院商学研究科 ブランド・コミュニケーション戦略専攻修士課程 修了
商学修士 [2003年3月(早稲田大学)]
2005年4月-2012年3月 武蔵野市商業活性化専門委員
2006年4月-2018年3月 産業能率大学経営学部兼任講師
2012年4月-2016年3月 武蔵野市商業活性化コーディネーター
2018年- 神戸学院大学経済学部 講師