2019年12月 互いを理解し、違いを認め合う「人のつながり」のあり方を探る
「異なる存在」の経験に関心を抱いて
私の専門は社会学で、とくに在日朝鮮人の生活や意識について研究しています。この分野に関心を抱いた理由としてはやはり、私自身が在日朝鮮人3世であることが大きいです。中高生の頃は、日本の学校に通いながら、自分が他の人とは違うという意識を常に持っていました。直接的ないじめの経験はありませんが、在日や朝鮮半島に関する話題が友だちとの会話に出てこないように注意を払って生活しているようなところがあり、息苦しさを感じていたのです。
大学に入学すると同時に、在日朝鮮人学生が集まるサークルに出会いました。自分がそれまで感じていた生きづらさや息苦しさのようなものを共有できる仲間ができ、居心地のよさや安心感が得られるコミュニティの大切さを実感することができました。しかしある日、そのサークルの後輩から「先輩に僕の気持ちがわかるわけがない」と言われて、とてもショックを受けました。その後輩は、「ダブル」と呼ばれる、在日朝鮮人と日本人の国際結婚夫婦のあいだに生まれた子で、両親とも在日朝鮮人である私とは立場が違っていたのです。
その時初めて、在日朝鮮人と一口に言っても、皆が同じ経験をしているわけではないことに気づきました。在日朝鮮人にとって日本社会が息苦しいのは、日本人しかいない単一民族の国であることが前提としてあり、異なる立場の人が存在することをあまり考慮していないからです。しかし、私が安心感を持ったコミュニティもよく考えてみると日本社会と同様に、異なる存在に関心を払いづらいものになっていたのです。ただし、その背景には在日朝鮮人に対する差別や偏見があるので、日本社会と同列に語るべきではありませんが。
そこで、「ダブル」は実際にどのような経験をしているのかを知りたいと思い、文献を探し始めましたが、当時そのような研究はあまりなく、それなら自分が研究を進めるしかないと思うようになりました。私の大学時代の専攻は工学で、当時は半導体について勉強していたのですが、自分の関心を追求するため進路を変更し、大学院から社会学を専攻することになりました。
他者を個人として理解することの大切さ
私が興味を持っているのは、人と人とが違いを認め合いながらもつながりあえるコミュニティやコミュニケーションについてです。最近では、異なる立場にある者同士の対話が成立するにはどのような条件が必要なのか、また、現代社会においてマイノリティのコミュニティとはどのようなものかといったことを中心に研究しています。
その成果をまとめたのが、『在日朝鮮人という民族経験―個人に立脚した共同性の再考へ』(2016年、生活書院)です。在日朝鮮人といってもさまざまな人がいる中で、とくに私とは違う背景を持つ人と向き合い、民族というものを巡ってどのような経験をしているのか調査した結果をまとめました。
たとえば、日本人と在日朝鮮人の国際結婚家族に行ったインタビューでは、子育て戦略へのジェンダーの影響や、家族間での立場の違いを乗り越えるために、コミュニケーションをはかりながら「家族」という概念そのものを再考する姿をみてとることができました。また、トランスジェンダーの在日朝鮮人青年にも話を聞きました。在日朝鮮人社会は、日本社会と同様、伝統的な家族観が根強く、いまだにセクシュアルマイノリティの存在を容認しない傾向があります。二重のマイノリティ性をめぐって、当事者が何を経験し、自らの立場をどのように理解しようとするのかを丁寧に描き出そうと試みました。
ある「ダブル」の団体が唯一の活動にしていた「自分史語り」にも着目しました。「ダブル」の団体というと、そこでの会話は民族や国家にかかわる内容が中心になると思われがちですが、実際には、一個人として、人生でどんなことを体験してきたのかを話したり聞いたりすることで、在日朝鮮人であることを前提とするのではなく、個人として他者に向き合うことが目指されていました。そうした活動から、民族や国籍、年齢や性別といった特定の属性を前提とすることなく、個人の複雑なアイデンティティを複雑なまま理解し、そのうえで違いを認め合うことの重要性と、そうした対話を実現させていくための方法について大きな示唆を得ることができました。
今後は、研究のフィールドを日本に限定せず、世界に広げていきたいと思います。韓国政府の発表によると、世界約180か国に、700万人にも上るコリアンが「祖国」を離れて暮らしています。なおかつ、その「祖国」は、世界で唯一の分断国家です。在日朝鮮人のみならず、中国朝鮮族やサハリン在住の朝鮮人など世界にも対象を広げ、国家や民族をめぐるアイデンティティのあり方についても調査を進めていくことで、ナショナリズムやエスニシティに関する研究に理論的に貢献できるのではないかと考えています。
神戸・長田を教室に多様な社会の見方を学ぶ
地域社会での活動として、最近、神戸の長田で行われている地域イベントに参加させてもらうようになりました。長田には戦前から多くの在日朝鮮人が暮らしており、近年はベトナムからの移民も増えていて、そうした多文化な側面を、「下町」が持つひとつの魅力として捉えたり、アートと結び付けたイベントを企画するなど、住民を中心とした地域活性化の取り組みが活発に行われています。それを観察させていただくだけでなく、イベントで在日朝鮮人の歴史やコミュニティのあり方、地域の持つ可能性などについてお話する機会もいただくことで、より深く長田にかかわらせていただけるようになりました。
3年次のゼミ生が行うフィールドワークでも、長田にはずいぶんお世話になっています。学生たちは、日韓の伝統芸能を融合させた「チングドゥル」というグループの活動をはじめとした、多文化共生に向けた取り組みを取材。地域生活の中にある人と人とのつながりを通して、多民族・多文化であるという自分たちの町の魅力に気づき、地域活性化に結びつけようとする住民の姿に、学生は多くのことを学んでいます。また、店舗でのインタビューも実施。日本で初めて平壌冷麺を提供した老舗冷麺屋の店主からは、朝鮮が日本の植民地だった時代に神戸周辺で働いていた朝鮮人青年たちに、故郷の味を食べさせてあげたかったという創業者の開業の思いをうかがうなど、長田で育まれた食文化の背景にある歴史についても理解を深めています。そして、こうした調査の成果をまとめ、楽しみながら学べる長田のガイドマップを制作しました。本学の学生や、長田を訪れる人に配布して、町めぐりに使ってもらいたいと思っています。
このような経験を通じて、学生は自分から見えている社会がすべてではないことに気づきます。同じ社会に暮らしていても、マイノリティの人たちが経験している社会のあり方は、全く違うものです。自分とは異なる立場の人にとって「社会」はどう見えているのかを理解し、さまざまな角度から「社会」を捉え、問題点を探っていく姿勢を身につけてくれることを期待しています。また、そうした姿勢を、社会人として、生活者として、豊かな社会や暮らしを創造していくために大いに役立ててほしい。わたしたちにとって長田は「もう一つの教室」です。学生とともに、地域からさらに学んでいきたいと思います。
Focus on lab
―研究室レポート―
2年次生の実習では、大阪鶴橋のコリアタウンでフィールドワークを行っています。事前にコリアタウンと在日朝鮮人のかかわりに詳しいゲストスピーカーを招き、コリアタウンの歴史や現状について学んだ後、実際に現地を巡ります。現地では簡単なインタビュー調査も実施。住民や商売をしている方が生活者として現在の韓流ブームや日韓間の政治摩擦をどう捉えているのかを探ったり、K-POPファンの観光客からコリアタウンの存在をどのように捉えているのかを聞き取ったりしながら、コリアタウンを、文化的側面からだけでなく、歴史や政治、生活とも結びつけて捉えることを目指します。
プロフィール
2006年3月 京都工芸繊維大学 卒業
2008年3月 京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程 修了
2008~2010年 日本学術振興会特別研究員DC1
2010年 ソウル大学校比較文化研究所 客員研究員
2011年3月 京都大学大学院文学研究科博士課程 研究指導認定退学
博士(文学 2012年9月 京都大学)
2011~2013年 日本学術振興会特別研究員 PD
2014~2018年 神戸学院大学現代社会学部 講師
2018年~ 神戸学院大学現代社会学部 准教授