2018年12月 グローバル時代に欠かせない相互理解の技術をきわめる
察する日本人、つながる中国人
私は社会心理学、文化心理学を専門に研究しており、特に社会的スキルのあり方を探っています。社会的スキルとは、相手に誤解を与えることなく好意的な反応を引き出し、建設的な対人関係を構築する相互理解のためのコミュニケーション能力のことです。
何か難しいことのようですが、実際には、多くの人が無意識にこのスキルを身につけて実行しているのではないでしょうか。たとえば、誰かに良いことがあれば「おめでとう」と祝福したり、沈んだ顔をしている人がいたら「どうしたの、大丈夫?」と声をかけたりすることも、その中に含まれます。
そんな社会的スキルも、異文化間のコミュニケーションにおいてはそう簡単には活用できません。自国では一般的な対人スキルが、他国で育った人には通用しないことが多いからです。日本でよく聞かれる、「欧米人とコミュニケーションをとる場合、強く自己主張しないといけない」というアドバイスは、文化の違いに由来する社会的スキルの違いを表しています。
社会的スキルには、文化が大きな影響を与えます。風土や歴史などによってその地域だけで賞賛されるような行動が生まれ、それが代々受け継がれてきた結果、その文化固有の対人的な特徴がつくられます。
日本文化にある「忖度」や「以心伝心」などからは、日本的な社会的スキルが生まれました。言葉ではっきりと伝えなくても相手の思いを「察する」、遠慮を美徳として「自己を抑える」、自他の立場に配慮する「上下関係の重視」、言葉にしなくても相手にメッセージを伝達する「対人感受性」、明確な意思表示をさける「あいまいさ」などです。一方、中国文化の影響を受けた中国的な社会的スキルには、「相手の面子(メンツ)」の重視、他者を助ける「友だちへの奉仕」、自分のネットワークを拡大する「功利主義」などがあります。そこには自分の必要なものを他者とのつながりを頼りに獲得する文化が浮かび上がります。
私は22年前に中国の大連から留学生として来日して以来、言葉の問題とは別に、日本人との文化的違いによる摩擦を経験してきました。例えば、食事に誘った日本人の友人が「考えておく」と言ったのに、いつまでたっても返事がないことに当惑したことがありました。これは、あいまいさへの我慢強さが日本人と中国人とでは違うからだと考えられます。また、日本人の共同研究者と話し合うために自分の椅子を彼のほうに寄せたところ、彼が椅子を離し、私がもう一度寄せるとまた離す、というのを何度か繰り返して、適切だと感じる距離感が日本人と中国人とでは違うということを初めて理解したこともありました。
トレーニングで伸びる対人スキル
しかし、社会的スキルは後天的に習得するものであり、学習や実践によって不足している部分を補うことができます。私は、研究を通して、どのような学習や実践が異文化社会の人との対人関係を向上させるスキルにつながるのかを探っています。
知識ももちろん大切ですが、実践的なトレーニングによってスキルは向上します。トレーニングプログラムでは、表情や視線、距離や体の向き、会話など、どのような文化に属する人にも必要な基礎スキルと、文化的なスキルの両面を鍛えます。
基礎スキルの一つである表情を例にとると、相手の表情をうまく読み取ったり自分の表情をうまく出せるように練習します。自分では笑っているつもりでも、頬がピクッとしか動いていない人もいます。一言で言うと、「わかりやすい人間」になることが、スムーズなコミュニケーションの第一歩です。
文化的スキルについても実践を重視しますが、そもそも知識がないと実践までたどりつけません。中国的な文化的スキルの一つである「相手の面子を保つ」を例にとると、まず中国人の対人場面においてはそれがどれだけ重要かを知識として理解し、具体的にどんな場面でそれが必要なのかをグループディスカッションを通して考えてもらいます。その上で、実践として、相手の長所を見つけてほめたり、相手が短所と思っているところを長所に変えてほめたりといったロールプレイを行います。
中国・大連でセミナーを開催
2018年には、私のふるさとにある中国・大連の大学で、日本人留学生を対象に中国的な社会的スキルを学習・実践する調査を行いました。参加者からは、「中国人と仲良くなれる方法がわかった」「言葉ができるだけでは、コミュニケーションにならない。こういったチャンスがあってうれしい」などの感想が寄せられました。本学にも多くの留学生が学んでおり、海外に留学している学生もたくさんいます。現地の文化に適応できずストレスや孤独を感じることのないよう支援ができればと考えて研究を進めています。
また、グローバル化の進む現代では、社会的スキルの実践的トレーニングが地域社会に役立つのではないかと思います。中国には多くの日本企業が進出していますが、事業展開をするにあたって、中国人と円滑な関係を構築することは非常に重要です。2018年6月には大連の日系企業や学校に在籍している方を対象に、日本人が中国文化に適応するための知識やスキルを磨くセミナーを、日本国総領事館や日本人任意団体の協力を得て開催しました。
まずは、中国的な文化的スキルの一端を、参加者にゲーム形式で体験してもらいました。次に、中国人のコミュニケーションの特徴を、笑顔が出る頻度、うなずく回数、発言の長さ、相手との距離などについて日本人の場合と比較しながら解説しました。これは、日本人と中国人とのコミュニケーションの違いに関する日本人研究者との共同研究の成果がベースになっています。
このセミナーには日系企業に勤める中国人も参加するなど、社会的スキル習得へのニーズが広がっているのを感じることができました。今後、このような地域貢献活動も拡大していくつもりです。
世界的規模で人の流れが激しくなっている時代には、互いに理解することが何より重要です。多くの方の社会的スキル向上を導く技術の確立とプログラムの構築に努めていきたいと考えています。
Focus on lab
―研究室レポート―
私が研究している対人関係の心理学に興味を持つ学生はたくさんいます。ゼミでは、学生一人ひとりが自主的に研究を進めていくのをアドバイスする形で後押ししています。テーマは実に多彩で、社会的スキルや笑顔の表出といった私の研究内容に近いもののほか、化粧による印象の違いなど身近な関心事から発展させる学生もいます。自己肯定感など教育などへの展開も可能なテーマや、孤独感、嫉妬、嘘など自分の悩みから研究を深めていくアプローチもあります。入学した時にはあまり心理学の知識のない彼らがどんどん成長し、研究的な関心が芽生える瞬間に立ち会えるのが一番の喜びです。心理学研究の場合は実験や調査に展開して実証することが不可欠で、結果を分析して考察するまでの全研究プロセスを通じて、社会人として役立つ企画力や分析・思考の力が身についていきます。グローバル時代の最前線で活躍する学生には、国際的な視点で物事を考え挑戦する姿勢を育んでもらいたいと思います。
プロフィール
1997年 中国 大連大学外国語学部日本語学科 卒業
2001年 阪南大学国際コミュニケーション学部文化コミュニケーション学科 卒業
2003年 大阪市立大学大学院生活科学研究科 生活科学専攻 前期博士課程 修了
2008年 大阪大学大学院人間科学研究科 人間科学専攻 博士後期課程 修了
博士(人間科学)[2008年3月(大阪大学)]
2008年-2012年 大阪大学人間科学部・同大学院人間科学研究科 助教
2012年-2017年 神戸学院大学人文学部 講師
2018年- 神戸学院大学心理学部 講師
主な研究課題
- 社会的スキル・トレーニングのプログラム開発に関する研究
- 社会的スキルの文化的特性を活かす異文化適応に関する研究
- 日本人と中国人の対人コミュニケーションの比較研究