2018年11月 患者さんの希望される毎日を支える緩和医療の進歩を目指すin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 患者さんの希望される毎日を支える緩和医療の進歩を目指す 中川 左理 Sari Nakagawa 薬学部 専任講師
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 患者さんの希望される毎日を支える緩和医療の進歩を目指す 中川 左理 Sari Nakagawa 薬学部 専任講師

より効果のある緩和医療のための研究を

私の専門は緩和医療です。緩和医療というと、以前はがんなどにおける終末期の医療というイメージが強かったのですが、現在そのあり方は大きく変化しています。がんなど疾患の治癒に向けての積極的な治療がなくなってから、痛みなどの症状を治療するというのではなく、患者さんが希望される生活を送るために早期から行われる治療となってきました。

2002年にWHO(世界保健機関)は緩和医療を次のように定義しました。「緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」。日本でも2007年に「がん対策推進基本計画」が策定され、患者さん中心の視点から「がんと診断された時からの緩和ケア」を推進しています。

緩和医療が対象とする症状は、非常に多様です。代表的な症状についてはガイドラインが出版され、緩和医療における標準的な治療の普及や基本的な知識・技能の理解を深めるための指針となっていますが、まだまだカバーしきれていません。たとえばがんの症状は、がんとうつうのほか全身倦怠感、食欲不振、便秘、不眠、せん妄など多様で、各々の症状に応じたガイドラインが求められています。緩和医療への理解が広がりつつある今こそ、疾患の治癒だけではなく、症状の改善や患者さんが希望される生活を送ることを目標にした、さらなる臨床研究が必要です。

私が携わっているのは、ガイドラインを確立するのに必要な科学的な裏付け (エビデンス)を導く臨床研究です。2009年に緩和医療研究室を立ち上げ、2011年から週に2回、市立芦屋病院で、薬剤師業務の一部を担当しながら研究室の学生とともに臨床研究を行っています。

これまで行ってきた臨床研究は、終末期のがん患者さんの感染症治療において治療薬の効き目に影響する因子を特定したり、当時、日本に導入された医療用麻薬であったオキシコドンの実態調査を行って、その有効性や安全性を明らかにするなど、そのテーマはさまざまです。現在は、がん患者さんの症状のひとつである足の浮腫(むくみ)の治療に対して、利尿剤の効果を比較する研究を行っています。尿を出せばむくみが取れるという経験、もしくは取れるであろうということから、さまざまな利尿剤が使われていますが、実はがん患者さんのむくみに対する有効性はまだわかっていません。利尿剤にも新しいものが出てきているので、どの薬剤が効果があるのか、どういう背景の患者さんだと効果があるのかといったことについて臨床研究を行っています。

薬剤師が積極的に関わるメリットを探る

最近着目しているのは、疼痛治療における薬剤師の積極的な介入についてです。痛みは患者さんのQOLを損なうもっとも大きな要因のひとつであり、緩和医療において疼痛管理は非常に重要です。

私は、2013年から1年間、アメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)で研究員として講義の一部を担当するかたわら、UCSFの学生が研修を行うUC Davisメディカルセンターで薬剤師主導型の疼痛管理チームに参加し臨床業務に従事しました。そこでは、あらゆる疼痛の薬物治療に関して薬剤師が主導的立場で活躍しており、薬物治療のエキスパートである薬剤師が積極的に治療に関わる重要性を学ぶことができました。

ちょうど同じ頃、市立芦屋病院で疼痛外来(ペインクリニック)に2014年4月から薬剤師外来が併設されました。疼痛に特化した薬剤師外来は全国的にも珍しい取り組みです。帰国してから、市立芦屋病院での臨床研究を続けるとともに薬剤師外来にも参加しています。患者さんが来られると、薬剤師外来でこれまでに飲んできた薬の効果や、副作用の有無などを薬剤師がヒヤリングし、電子カルテに記録すると同時に痛みの状況を評価して薬物治療のプランを提案します。医師は、薬剤師が入力した電子カルテデータを見ながら診察し、薬剤師のプランも参考にしながら、薬剤を選択します。薬物治療が開始される患者さんは、再度、薬剤師外来に戻って薬の使い方や副作用等の注意点の説明を受けます。

このような疼痛専門の薬剤師外来も含め、慢性疼痛に薬剤師が積極的に関わることでどのような効果をもたらすのかというテーマでも実証的に研究しています。痛みは血圧や心拍数のように客観的データとして測ることができず、患者さんの主観的な表現でしか把握できません。痛みの要因として、身体的なものだけでなく、精神的なものが関わっていることも多く、患者さんの生活や人との関係性などトータルにみてケアしていかなければならないこともあります。このような奥の深い分野である痛みに対して、薬剤師外来では、薬剤師は薬物治療の妥当性も含め、痛みを適切に評価し、必要な薬物治療を提案して、その専門性を発揮しています。今後は、緩和ケアに加えて、非がんの慢性疼痛の分野でも薬剤師が果たすべき重要な役割があると感じています。

病院薬剤師の経験が研究の原点

私は、大学院の修士課程を修了後、病院薬剤師として5年間、緩和医療に携わりました。急性期から終末期まで一人のがん患者さんを継続して担当する中で、化学療法など疾患の治癒を目指した治療から症状を和らげる緩和ケアまで非常に多くのことを学びました。なかでも私を成長させてくれたのは、患者さんと向き合う経験です。終末期になると、医療者として役に立ちたいのに、何もできないことが少なくありません。自分のスキルのなさや、できることには限りがあることを痛感し、薬剤師であること以前に人としてできることはないかを自問する日々でした。そばにいて話を聴いたり、日常的なサポートをすることもあれば、ときにはその患者さんのそばにいるだけしかできないこともありました。最期を迎えた方に対して、もっとできることはなかったのか、本当にベストのことができていたのかと反省や無念の思いがいつもありました。

こうした終末期の患者さんを100人以上担当した経験が、臨床で緩和医療の研究を行う原点となりました。まだまだ治療法の確立してない緩和医療の領域でエビデンスを構築し続け、より多くの人のQOLを改善させることにつなげたいと思っています。私が研究する現場は、大学の実験室ではなく、病院というフィールドです。すでに本学薬学部では、神戸市立医療センター中央市民病院、市立芦屋病院はじめさまざまな病院との連携が始まっていますが、今後も大学と病院の連携を深め、研究拠点となる病院を増やしていきたいと考えています。

研究室の学生には、臨床研究に携わることで、現場の問題点を解決できる能力を身につけてもらいたいと思っています。臨床には問題点や疑問点があふれており、答えを探してもエビデンスがなかったりして解決方法が得られないことが数多くあります。学生のうちに臨床研究の実践方法をしっかり学び、自分で答えを見つけ、卒業後は世の中に情報発信していける薬剤師として活躍してほしいと思います。

臨床薬学教育の充実で医療力の高い薬剤師を養成

チーム医療の現場で、薬剤師には薬物治療の専門家として結果を出すことが求められます。医療の進歩とともに治療がめまぐるしく変化する時代、薬物治療のガイドラインも年々更新され、最新の薬物治療を学び続けることが必要です。本学の薬学部では、そのような薬剤師の仕事に対応できる、「医療力の高い薬剤師の育成」を目標としています。

2018年4月には、本学薬学部の中に臨床薬学教育研究センターが設立されました。私を含め、それぞれが精神疾患や栄養療法など専門性を持った7名の臨床系の専任教員が中心となり、医師である2名の教員を含む臨床薬学部門の協力を得ながら、特色ある臨床薬学教育プログラムの構築と実践を目指しています。さまざまな患者さんに対応する薬剤師はジェネラリストでなければなりませんが、その上で、医療がこれだけ専門化していく現代にあっては、薬物治療のスペシャリストとして、特定の領域や疾患についての専門性を高めていかなければ積極的に薬物治療に関わっていくことはできません。これからの医療を担う薬剤師の育成に、私たちの専門性を活かすことができたらと思っています。

超高齢社会の日本にあっては、薬剤師として終末期医療に携わることも確実に増えています。自らの死生観が問われるような難しい局面にあっても、患者さんと向き合い続けることが必要になってくるでしょう。想像力を刺激し、生とは何か、死とは何かを深く考えられる力を伸ばすこと、人間性を高めることを目標に、ヒューマニズム教育のプログラムも充実させていきたいと思っています。

薬学生における海外交流プログラムの意義

薬学部では、学生に国際的視野を身につけてもらうことを目的に、40年以上前からアメリカ薬学研修を実施しています。パシフィック大学、アリゾナ大学、ウェスタン大学、UCSF、デュケーン大学など協定大学を中心に訪れ、2週間、米国に滞在し、薬学部での講義や実習の受講、病院や薬局の見学などを体験します。現地での研修だけでなく、学内で行うプログラムと連動させて、準備から報告まで1年以上を費やします。協定大学から招いた外国人講師による本学での集中講義に参加したり、薬剤師業務や医療制度など、自分なりのテーマについてフィールドワークを実施して日本とアメリカの比較研究を行い、その成果を学内での発表会や薬剤師の参加する学会で発表しています。この研修は、アメリカの薬剤師の今を知り国際的な視野を広げると同時に、日本の薬剤師が置かれている環境を外から眺め、これからの日本の薬剤師業務のあり方を考えるヒントを得る機会となっています。多くの学生が、この研修を通じて積極性や薬剤師になることへのモチベーション、チャレンジ精神が向上したと振り返っており、実地体験の重要性を改めて感じています。近年、協定大学の薬学部生を本学で受け入れるプログラムもスタートしました。国際交流を深めて薬剤師のさまざまな可能性を知り、卒業後の活動に活かしてほしいと思います。

実践的なスキルの修得を目指した学内臨床実習

薬学部の4年次生では、臨床現場(病院、薬局)での実習を前に必要な知識・技能・態度を身につける臨床実習を行います。 私は注射薬を無菌的に混合調製する無菌調製の実践的なプログラムを立ち上げ、今年から内容を見直すべく、再度担当しています。過去には、薬剤師による無菌調製の対象は、栄養療法で用いられる中心静脈栄養(TPN)が主流でしたが、さまざまなTPN製剤が開発され、今では抗がん剤の調製が主な業務になりつつあります。そういった現状をふまえ、抗がん剤調製をシミュレートした実習プログラムも開始しました。今後は、在宅医療の推進に伴い、病院のみでなく薬局薬剤師においても無菌調製の技術が必要な時代です。卒後、薬剤師として、実践できるスキルを身につけることを目標に、学内実習でありながらも臨床現場同様の臨場感、緊張感をもって指導し、修得できるまで、徹底的に個別指導を行っています。

プロフィール

1998年 京都薬科大学 薬学部 薬学科 卒業
2001年 京都薬科大学大学院 薬学研究科 修士課程 修了
2000年 社会福祉法人京都社会事業財団 京都桂病院 薬剤科
2004年 University of Southern California 短期海外研究員
2006年 神戸学院大学 薬学部 専任講師(現在に至る)
2011年 大阪大学大学院 薬学研究科 博士後期課程 修了 博士(薬学)
2013年 University of California, San Francisco 長期海外研究員

主な研究課題

  • がん患者のQOL向上を目指した症状緩和に関する臨床研究
  • がん化学療法における副作用対策
  • 薬学生・新人薬剤師における緩和医療教育プログラムの構築
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