2018年10月 「共に生きる」ことを体感する地域連携プロジェクト
社会学理論研究と音楽活動
私の研究分野はフランスの社会学理論です。思想家のジョルジュ・バタイユの理論は、主要な研究テーマの一つです。注目しているのは、バタイユの共同性すなわち「共に生きること」をめぐる思想です。現代社会では、有用性や生産性といったことばかりに目が向けられますが、そういうことを抜きにして、「一緒に生きている」ということをまず見つめようと考え、バタイユは、祭り、遊び、芸術のような、有用ではないとしても、ともに生きる喜びを与えるもの(至高性と交流)から人間と社会をとらえなおそうとしました。
私は社会学に取り組む以前からバンドの音楽活動を続けており、ライブという祝祭空間を創造してきました。その経験を通じて、音楽やアートには、人びとが共に生きている喜びを感じ取らせる力があるという実感を持っています。そして、芸術や文化が人間を動かす力について理論的に語っているバタイユの思想に魅力を感じ、大学院に進学しました。また、「生きているリアルな実感」にもとづく理論を展開していた作田啓一先生に出会って感動し、専門的な社会学理論研究の道に入りました。
最近は、共同性の理論を探求する一方、音楽やアートの力を活用した地域活性化の実践にも取り組んでいます。キーワードは〈感性の共振〉。音楽やアートの力で、人がつながる契機をつくることに主眼を置いています。前任校では、廃墟のような建物を借りて、アートの展覧会を開催し、交流の場をつくる「亀岡プロジェクト」を企画運営しました。神戸学院大学に着任してからは、音楽と動画を使った地域活性化の実践に取り組んでいます。
密度の濃い〈やぶ♡プロジェクト〉
私が所属する現代社会学部は、2014年の開設以来、地域と交わり、地域から学び、地域に貢献するアクティブ・ラーニングを重視し、多様な地域連携型学習を展開しています。兵庫県養父市と連携した〈やぶ♡(らぶ)プロジェクト〉もその一つです。2018年度からスタートしたこのプロジェクトは、清原桂子教授、日髙謙一准教授、私の3つのゼミが合同で担当。2年次生の約70人と3年次生6人のメンバーが参加し、養父市の地域活性の可能性を若者の視点から探求しています。清原ゼミは女性・高齢者の活躍や子育て支援、日髙ゼミでは農の再生と食のブランド化をテーマに政策提言をおこないます。私のゼミでは、地域の魅力を発見して紹介する音楽・動画作品の制作、SNSを活用した情報発信にも取り組みます。(公式ホームページ:http://www.yabulove.net/)
〈やぶ♡プロジェクト〉は養父市に関する事前学習からスタート、広瀬栄市長による講義を聴講し、関連資料を分析し、動画作品のテーマ、ストーリーを決めて、撮影プランを立てます。今年度はプロジェクトのテーマ曲「おくりもの」(作詞作曲:アヤヲ&山田明義)のCDと楽譜を制作しました。
6月には養父市で1泊2日の現地実習。地域で活躍する方々によるワークショップを開催。現地で取材、インタビュー、動画撮影をおこないました。また親子イベントを開き、子育て世代の方との意見交換をおこないました。現地実習から戻ると、チームごとに編集作業に入り、SNSを使った広報活動にも取り組みました。
7月には「養父フォーラム〈やぶ♡プロジェクト2018〉の挑戦」を開催し、実習の成果を現地発表、地域の方と意見交換をおこないました。さらに、兵庫県議会「サテライトゼミ」では、議員の方々を前に成果を報告しました。これらの発表の場でいただいた意見や助言を反映し、さらに動画作品や政策提言をブラッシュアップし、9月の「地域おこしフォーラム in やぶ~若者のちから、まちのたから、未来へのおくりもの~」で発表しました。このフォーラムでは、ローカルジャーナリストによる基調講演、養父市長やまちづくりの専門家が参加するパネルディスカッションもおこなわれました。
以上を半年間でやるのですから、すごく密度の濃いプロジェクトだと思います。(紹介動画:https://www.youtube.com/watch?v=ethqC5rfIlg)
リアルな体験から学ぶ社会学
〈やぶ♡プロジェクト〉の前に、私たちは、兵庫県神河町と連携した〈神河プロジェクト〉に取り組みました(2015年~2017年)。このプロジェクトを立ちあげるときに、熱意ある町役場の職員の方にお会いしました。「私たちはこの町の宝ものを探し、見つけた宝ものを磨こうとしている。しかし、自分たちには当たり前すぎて見つけられないものもある。町の外の人たち、若い人たちのまなざしに期待している」という言葉が強く印象に残っています。「いちばんの宝ものは人です」という言葉にも感銘を受けました。
私は、映像撮影は、学生たちなりの視点で地域の宝ものを見つける手段として役立つと考えました。また、感性が共振する瞬間を創りだすために音楽の力を活用したいと考えました。そこで、ミュージシャンのアヤヲさんと山田明義さんにプロジェクトに協力してもらうことにしました。そうして、「たからもの」という楽曲がうまれました。(ミュージックビデオ:https://www.youtube.com/watch?v=tPIbJiOfYvw)
地域の「たからもの」を発見して磨き上げるという考え方は、現在取り組んでいる〈やぶ♡プロジェクト〉にも引き継がれています。今回はさらに、その「たらかもの」を次世代に伝える役割があるという意味を込め、「おくりもの」を新たなキーワードに設定しました。地域の「たからもの」は、現代の人がつくったものではなく、さまざまな歴史の変遷を経て、今ここにあります。地域の魅力を発見し発信することには、「たからもの」の価値を見出すとともに、それを世に伝え、次世代に贈るという役割があると思うのです。
動画制作では撮った映像を何回も見直します。そして、この地域の魅力をもっともよく伝える映像はどれかを考え続けます。また、十数分のインタビューを何回も聴いて一番大事なところを探し、その人の言葉や想いに向き合います。こうしたプロセスを通じて、学生たちは地域の「たからもの」を発見する力を身につけていきます。
ただし、プロジェクトが当初の計画通りに進むとはかぎりません。お年寄りにまちづくりについて聞く計画だったのに、一緒に健康体操をする映像ばかり撮って帰ってきたこともありました。聞き取りよりも交流に力が入ってしまったのでしょう。けれども、後で映像を見ると、体操するお年寄りと学生の姿が生き生きしていて良かったので、プランを立て直し、高齢者の元気をテーマにした作品をつくることにしました。このように、プロジェクトでは、偶発的なものを取り込んで、全体を動的にアレンジし直すことが常に求められます。 プロジェクトを通じて、学生たちは、過疎や少子高齢化など、地域が深刻な問題を抱えていることに直面し、地域活性化が容易ではないことを痛感します。同時に、地域の課題に向き合って、新しいことに挑戦し、希望を持って前に進もうとしている人たちにも出会います。そして、豊かな自然や特産品の魅力は、結局、その地域で暮らしている人たちの魅力であることに、人びとの語る姿、声、想いに触れつつ気づいていきます。こうして現場で得た知識、経験、問題意識は、それ以降、社会学、行政学、マーケティングなどを専門的に学ぶ重要な起点になります。
リアルに体験することは現代社会の学びにとって非常に大切です。自らが地域の人たちと社会的関係を創っていく経験を通じて、社会学の学びはさらにリアルなものになるでしょう。SNSによる情報発信に取り組んで、その面白さや難しさを経験すれば、メディア論の講義をより深く学ぶことができるでしょう。
共に生きる場の核となる音楽
大学の地域活性化プロジェクトでテーマ曲を制作するのは、珍しい取り組みかもしれません。地域の問題解決のために政策の提言や実行がなされる場合、賛成と反対の立場がうまれます。けれども、意見が違う人同士も同じ地域に暮らしていかなければならない。賛成側と反対側とが分断しないために重要なのは「共に生きている」という実感です。その実感を支える役割を果たすのが音楽やアートではないかと思います。
都会の人と地方の人。若者と高齢者。異なる立場の人が、音楽の中で響きあい、感性を共振させる。その経験を支えに、地域の「たからもの」や「おくりもの」を共に探求すれば、賛否両論あるテーマについてより深く議論することも可能になるでしょう。その場合、音楽は共同性のシンボル、共に生きる場の核となります。
今回「おくりもの」という曲のCDを制作したのですが、より多くの方に歌っていただけるよう、学生有志とミュージシャンによる合唱バージョンも収録し、楽譜を制作しました。これらはホームページで視聴、ダウンロードできます。 (http://www.yabulove.net/)
これから「ふるさとの歌プロジェクト」を展開します。これは地域の方と学生が、まちの「たからもの」や「おくりもの」について話しあい、互いにふるさとへの想いをこめて合唱するプロジェクトです。
地域連携プロジェクトによって見つかるのは、結論ではなく、出発点です。都会でしか生活していない学生は、地方の問題に無関心になりがちです。地域で生き生きと暮らし、情熱を持って挑戦する人たちと出会って、新たな関係をつくり、地方と都会とはつながっているという感覚を培ってくれることを期待しつつ、私たちはこのプロジェクトをさらに発展させていきたいと思っています。
Focus on lab
―研究室レポート―
地域連携プロジェクトにあたって、清原・日髙・岡崎ゼミでは「ピアサポーター制度」を導入しています。2年次生でプロジェクトを経験した3年次生の代表が、ピアサポーターになって、後輩たちにアドバイスする仕組みです。教員の言葉は上下に伝わりがちですが、ピアサポーターは後輩たちの自主性を尊重した「斜め」からの関わりができ、身近なロールモデルとしても機能します。ピアサポーター自身が成長するのもこの制度のメリットです。自分の経験を俯瞰し、その意味を咀嚼し、理解を深め、人びとの間に立って折衝能力を磨いています。プロジェクトで得られた貴重な経験や知恵は継承していく必要があります。ピアサポーターは学年間の架け橋として重要な役割を果たしてくれていると思います。
プロフィール
1987年 京都大学文学部哲学科社会学専攻 卒業
1994年 京都大学大学院文学研究科修士課程 修了
1997年 京都大学大学院文学研究科博士後期課程 単位取得後退学
2000年 京都大学大学院文学研究科 京都大学博士(文学) 学位論文題目「聖なるものの社会学――デュルケーム理論の再検討」
1999年 京都学園大学人間文化学部 専任講師/2003年 助教授 /2007年 准教授(2014年3月まで)
2002年 京都大学総合人間学部 非常勤講師 (2002年9月まで)
2003年 フランス国立社会科学高等研究院 日本研究センター研究員(在外研究) (2004年3月まで)
2004年 大学コンソーシアム京都 講師(2007年3月まで)
2006年 関西学院大学社会学部 非常勤講師(2009年3月まで)
2007年 京都大学文学部 非常勤講師(2007年9月まで/2015年~2016年3月)
2007年 京都大学高等教育研究開発推進機構 講師(2009年3月まで/2011年4月~2013年3月まで)
2014年 神戸学院大学現代社会学部 教授
2015年 京都大学大学院文学研究科 非常勤講師(2016年3月まで)
2015年 京都大学 国際高等教育院 非常勤講師(2018年3月まで)
2016年 奈良女子大学文学部 非常勤講師(2017年3月まで)
2018年 『ソシオロジ』編集委員、日本社会学理論学会理事、日仏社会学会理事
主な研究課題
- 至高性の社会学―バタイユの社会理論に関する研究
- 社会・精神・身体に相関する音楽的共同性の研究
- 地域連携と文化創造の中で展開するアクティブ・ラーニングの研究
- 作田啓一の生成の社会学/人間学に関する研究
- 環境音から創作する「Haiku Music」の研究