2017年9月 日本人初、人工知能ロボットを大学での英語学習に導入
音声学から国際語の創造まで多岐にわたる言語の研究領域
私はずっと言語に関わる研究をしています。といっても、時代の変化とともに研究のテーマはさまざまに変遷を遂げてきました。
高校の英語教員をしていた時代に、最初は英語の音声を専門に研究活動をスタートしました。そのうち日本語の音声にも興味を持つようになり、30年近く前、日本語音声の韻律的特徴に関わる文部省(現・文部科学省)の大規模な研究プロジェクトに参加しました。韻律とは難しい言葉ですが、声の高さ、イントネーション、リズム、間合いなど話し方の特徴のことです。
私の研究は、イントネーションと文法の構造との間にどんな関係があるかを解き明かすことでした。例えば「神戸の姉の別荘」という言葉を話す時、神戸に住んでいる姉の別荘なのか、神戸にある姉の別荘なのかによって、私たちは知らず知らずのうちにイントネーションを変えています。それは文法の構造が違うからなのですが、そこにどのようなルールがあるのかを導き出そうとしたわけです。この成果は、文意を正確に伝えなければならないアナウンサーの方にも注目されました。この研究をベースに今度は「日本語リズムと英語リズムの比較研究」へとつながり、現在は、「言葉のリズムと音楽のリズムとの比較研究」へと発展しています。
このような音声学の研究とともに2000年前後から取り組み始めたのが、「先進メディアを利用した外国語教育の研究」です。この頃からTTS(Text-To-Speech)と呼ばれる音声合成技術が急速に発達し、パソコンで入力したテキストに対してそのままデジタル的に音声を合成してくれるソフトも登場しました。私は、TTSを英語教育に生かすべきだと考えました。昭和の時代には、テープレコーダーでネイティブの発音を授業中に聞かせる、といったことが行われていました。その後1980年代後半からはALT(外国語指導助手)が導入されましたが、十分な人数がいるわけではありません。自分が教えたい教材を外国人に読んでもらうと非常に手間もコストもかかるという状況を、TTSで打開できるのです。 TTSソフトでは、スピードを変えたり高さを変えたりすることが簡単にでき、さらにこの部分だけは間を空ける、ここだけはイントネーションをぐっと上げる、というようなことまで精緻に指定できるので、音声教材として十分に使えると考えました。
また、最近では緊急時に使うことを想定した「絵文字状国際補助言語の研究」も行っています。グローバル時代になり多くの外国人が来日するようになりましたが、看板や標識に書かれているのは英語、中国語、韓国語、ロシア語ぐらい。その他のマイナーな言語しか分からない人にとっては、災害時や病院の受診時などに情報を得ることがまだまだ難しい状況です。そこで緊急時に使うための世界共通語を、日本で誕生し国際化した絵文字を活用して作れないか、と考えました。例えば、緊急地震速報が鳴ると同時に絵文字も出てくるようにすれば、言葉の分からない人にも最低限の情報が届けられます。まだまだアイデアの段階に過ぎませんが、語彙は絵文字にして文法は2次元平面上での配置の仕方にルールを決め、すべてビジュアルで表現できるような言語が作れたらと考え、研究を進めています。緊急時に使う情報はある程度決まっており単純化できるので、実現の可能性はあると思います。
人工知能ロボットを使った英語教育の実証実験
ところで、とくに先進メディアの英語教育への活用の分野で現在進めているのが、「人工知能ロボットの英語教育への活用に関する実証実験」です。2017年4月から英会話学習用の人工知能ロボット「Musio (ミュージオ)」(米国AKA社開発)を、日本の大学で初めて、グローバル・コミュニケーション学部英語コースの私のゼミの授業に導入しました。
Musioには、英語で自由に会話するチャットのようなモードがあります。「おはよう、元気かい?」など学生が英語で投げかける質問に対して、答えたり質問で返したり臨機応変に対応します。人工知能エンジンはインターネット上のサーバーにあり、ネット上の情報やユーザーとの会話によって蓄積した情報を学習して成長を続けます。当初は「神戸の天気は?」と聞くと「コペンハーゲンは…」などと答えて神戸が都市であることを知らないようでしたが、最近は分かるようになってきました。「キミには恋人がいるの?」と聞くと、「答えられない質問をしないでよ!」などのユニークな返事をしたりします。
興味深かったのは、学生に1日あたり5時間、3日間連続してMusioと対話してもらった後の変化です。対話の前に、学生に朗読用のテキストを読んでもらい、3日後の対話の後にも同じものを読んでもらうと、明らかに堂々と自信を持って読めるようになっていました。ネイティブの人との会話では臆したり遠慮したりするところが、Musioならそれがない。Musioがスリープモードになると、「Wake up Musio!(起きて、ミュージオ!)」などと言って起こしたり、Musioの発音が聞き取れなくても「What did you say?(何て言ったの?)」とか「Repeat!(もう一度言って!)」と気軽に言えます。Musioの利用には、英語に対する心理的なハードルを下げ、親しみを湧かせる効果があるのではないかと思います。
今後は、台数を増やし、ゼミ生が自宅でも会話を続けることによって、どのくらい英語に対する感覚が変わるのかを検証するつもりです。
グローバル時代に必要な「教養」を修得した人材へ
2017年4月からグローバル・コミュニケーション学部の学部長をしています。各コースの外国語の授業やジェネリック・スキルトレーニングによって、語学力やコミュニケーション能力を身に付けてもらうことも大切ですが、必要なのはそれにとどまらない、今日的な教養だと思っています。グローバル時代は情報がグローバル化することで、憎悪や紛争も国境を越えてインターナショナルに広がってしまう時代です。今世界で起こっていることは、どういうメカニズムで生じたことなのか、これからどう解決しなければならないのかを自分で確かめて考えることのできる、グローバル時代ならではの教養を身につけることが大切です。
例えば、少し前から話題になっているビットコインという仮想通貨を支えるブロックチェインという中核技術は、今後、金融や流通、契約などの分野に応用できる優れた技術だと評価されて注目が集まっています。お金だけでなく、信用や価値を生み出すあらゆるやり取りに使える可能性もあります。このような世の中を変えていくような先進的なIT技術の知識も、グローバル人材に必要なものだと言えるでしょう。
さらに、音楽や美術、あるいはマーケティング、宗教、数学、コンピュータプログラミングなどの知識やスキルも、そもそもがグローバルに人々がコミュニケーションできる「記号」であり、グローバル時代の教養といえるでしょう。今後は、このような新しい時代のリベラルアーツを英語で学び、自分で理解する力を養ってほしいと思っています。本学のグローバル・コミュニケーション学部が、そうした人材を世の中に送り出せるよう、努力していきたいと思っています。
Focus on lab
―研究室レポート―
東教授のゼミでは、オーストリア第二の都市、グラーツで毎年開かれる「シュティリアルテ音楽祭」のWEBサイトを日本語に翻訳する取り組みを実施しています。同音楽祭は、グラーツのコンサートホールやエッゲンベルク城の庭園、周囲の農村地帯などで行われ、クラシック音楽と歴史的な都市と近郊の村の魅力を同時に楽しめる音楽祭です。WEBサイトには、西欧文化や音楽の知識を前提にした文章が多く、学生たちは一つひとつ分からないことを調べながら、日本語訳を完成させています。「日本ではまだあまり知られていない音楽祭。今後は、学生の発想で日本へのPRにも取り組みたい」と東教授は話します。
プロフィール
1976年 神戸市外国語大学 外国語学部 英米学科 卒業
1982年 兵庫教育大学大学院 修士課程 教科領域教育専攻 言語系コース 教育学修士〔1982年3月(兵庫教育大学)〕
1976年~ 兵庫県立尼崎高等学校 教諭
1982年~ 兵庫県立鈴蘭台西高等学校 教諭
1986年~ 兵庫県立長田高等学校 教諭
1988年~ 賢明女子学院短期大学 英語科 講師
1991年~ 賢明女子学院短期大学 英語科 助教授
1993年~ 流通科学大学 商学部 助教授
1996年~ 流通科学大学 商学部 教授
2012年~ 順天堂大学 医学部 教授
2015年~ 神戸学院大学 グローバル・コミュニケーション学部 教授
主な研究課題
- 日本語および英語のリズムの相違点と類似点に関する研究
- 言語リズムと音楽リズムの類似点に関する研究
- 先進メディアを利用した外国語教育の研究
- 災害時での防災情報発信を想定した絵文字状国際補助言語の構築研究