2017年2月 「マザーマシン」の分析を通じて日本のモノづくりの未来を考えるin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「マザーマシン」の分析を通じて日本のモノづくりの未来を考える 林 隆一 経済学部 准教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 「マザーマシン」の分析を通じて日本のモノづくりの未来を考える 林 隆一 経済学部 准教授

製品の構造に合った産業の在り方とは

私は20年近く証券アナリストとして企業を調査し、投資家向けの情報発信をしてきました。電機・機械・素材・自動車・エネルギー関連企業を中心に、経営者から財務、営業、製造部門などの現場担当者まで約1万人に会って話を聞き、1千弱(約1/3は海外)の工場や施設などを横断的に現地調査、競争力比較を行ってきました。こうした経験から研究対象として興味を持ったのが、「機械産業」の産業構造や企業戦略です。現在は主に「製品アーキテクチャ」の視点から、機械産業の研究を進めています。

製品アーキテクチャとは、製品の機能や構造に関する基本的な設計構想のことです。製品アーキテクチャには大きく分けて「擦り合わせ(インテグラル)型」と「組み合わせ(モジュラー)型」の2タイプがあります。自動車産業は部品企業と完成品企業とが密に協力し合って開発していくインテグラル型の構造になっています。これは、数多くの部品の機能が複雑に絡み合っており、それらを相互に調整して性能や乗り心地を実現するという自動車の製品アーキテクチャに合った産業構造です。擦り合わせの得意な日本企業が、高い生産性を上げることができました。これに対して、電気製品やパソコンなどは統一された規格に基づいて標準化された部品を組み合わせて製造されており、エレクトロニクス産業はモジュラー型の構造を持っています。

自動車やエレクトロニクスの他、ソフトウエア、医薬、素材などあらゆる産業についても、製品アーキテクチャの視点から世界中で分析が行われています。産業構造が最終製品に適した構造になっていないと、それぞれの企業の強さが発揮できないからです。そんな中で製品アーキテクチャが完全に明らかになっていないのが機械産業です。製品が多彩でひとくくりに分析することが難しいことが大きな原因です。機械の中でも特にマザーマシンと呼ばれる「工作機械」は、日本企業が強い分野であり、モノづくりの基本が詰まっているという意味でも、研究が必要な産業の一つです。工作機械が自動車部品や電気製品の部品を作り、工作機械の精度が最終製品の精度を決めているのですから、機械産業だけでなく他の産業に対する影響力も大きいのです。日本は1982年から27年連続で世界一の工作機械大国でしたが、2009年以降は中国などにその座を奪われてしまいました。産業として価値を上げていくにはどうすればいいか、企業はどう在るべきか、きちんと理論化する必要があると思います。

現在、国内外の工作機械企業やそれを支える部品企業を調査・分析をしてきた成果を、自動車産業やエレクトロニクス産業などで行われてきた製品アーキテクチャという分析手法で分析すると、どんなことが言えるのか。それを抽出しているところです。また、東証上場の自動車部品メーカーであるカネミツ(兵庫県明石市)の社外取締役として経営にも参画しているため、機械を使う側の視点、経営を実践する側の視点、コーポレートガバナンス(企業統治)の視点も交えた研究を進めています。産業や企業の姿を正しく把握することは、日本の未来にも関わる重要な課題です。産業構造をよく理解して、変えるべきものは変え、残すべきものは残すことが大切です。機械産業の分析を通じて、私なりに日本のモノづくり産業の在るべき姿を導き出したいと考えています。

プロの仕事の真剣さに触れ、成長する学生たち

本学に赴任した当初、ゼミの学生をあるプロジェクトに参加させたところ、本当にイキイキと目を輝かせて取り組んでおり、自主的な活動が学生のモチベーションを高めることを実感しました。以来、私のゼミに入った学生は、何かしらプロジェクトに携わり活動することが必須条件となりました。

学生たちはチームを作りさまざまなプロジェクトに参加していますが、その一つが、神戸市が主催する「KOBE“にさんがろく”PROJECT」です。若者と農漁業者、企業の三者がタッグを組み、地元・神戸産の農水産物を使った新商品やアイデア商品を開発し、その魅力を全国に発信するというものです。あるチームは、洋菓子店の「パティシエ ニシカワケンジ」(神戸市須磨区)さんと「小池農園」(神戸市西区)さんとコラボし、米粉を使った「ケークサレ」という甘くないパウンドケーキに神戸産の食材を加えてアレンジした商品づくりにチャレンジしました。「地元食材を使って商品を作るなら、単なる思い付きだけではなくて、作り手の気持ちを知ることが大切」というパティシエの方のアドバイスに刺激を受け、学生たちは協力してくださる企業や農漁業者さんを1軒1軒訪ね、話を聞いて回りました。工場見学やインタビューを通して、生産者、製造者の想いの一端に触れることができたことは、彼らの大きな財産になったことと思います。最終的には、自分たちで試作をしてレシピを決め、パティシエの方に仕上げていただいた商品とともに、生産者の方々のこだわりや思いも載せたレシピ本にまとめていきました。

プロジェクトへの参加は、学生にとって、考える力や行動する力、協調する力を身に付ける絶好の機会であると同時に、仕事のやりがいというものを実感するチャンスだと思っています。仕事は大変ではありますが、楽しいこともいっぱいあるということを知ってほしいし、仕事を通じて信頼できる人にたくさん出会える、という経験をしてほしい。10年も20年も仕事をしてきている人たちの真剣さに触れ、アルバイトとは異なる仕事の難しさや厳しさを知ることも、成長に結びつくと思います。

他人とは違う自分なりの企業分析に取り組む

企業分析についても、中学生から大学生までを対象とした日本経済新聞社主催のコンテスト形式の株式投資プログラムに参加しています。「日経STOCKリーグ」といって、仮想の500万円を使って株式ポートフォリオ(さまざまな株式の組み合わせ)を組んだ結果を競います。通貨は仮想でも、投資先は実際の上場企業。決められた期間の中で実際に株価が上がり一番儲かったチームも評価されますが、儲かるよりも、投資する企業を選ぶ際の独自の切り口や説得力に対して高い評価が与えられる仕組みになっています。

授業では、企業分析の基本的な手法を教えていますが、ゼミではそれを踏まえて実際に企業分析や企業選択の結果をみんなの前で発表してもらっています。授業では、自分で選んだ企業を分析するにあたって、誰かと同じ内容が一部でもあったら評価はゼロ。他人とは違う自分だけの視点や考えを鍛えるのが狙いです。中には、障がい者雇用率と財務諸表をリンクさせて分析している学生もいました。自分なりの視点というのはなかなか見つけられませんが、挑戦してできないことに苦しんでみて初めて、企業を見る目が養われるのではないでしょうか。

ゼミで体験する「働くこと」や「企業を選ぶ」ことは、就職活動の企業選びにも直結します。企業の入社3年目以内に全国の大卒者の3割以上が退職してしまいますが、学生が見かけだけで企業を評価して就職せず、学生時代に少しでも仕事や企業の現実を理解し、自らの考えを深めておいてほしいと思います。

Focus on lab
―研究室レポート―

「KOBE“にさんがろく”PROJECT」に参加したもう一つのチームは、「なごみ農園」(神戸市西区)さんの「いちじく」のパッケージやキャラクターデザインに取り組みました。鮮度が落ちやすく旬の時期にしか店頭に並ばない、いちじくを若い世代にもっと認知してもらうことを目標に、メンバーがアイデアを出し、デザイナーと協力してデザインの提案を行いました。学生たちはさらに、なごみ農園のいちじくを使ってジャムづくりをしている兵庫県立農業高等学校にご協力頂き、イベントでジャムを販売しました。「これらの神戸の産官学のネットワークがあってこそ、学生が活動の幅を広げて、成長できていると実感しており、心から感謝しています」(林先生)。

ゼミ学生主体の地元企業の研究・企業取材・工場見学等も行っていますので、協業・協力をご検討いただける可能性がある場合は、お気軽にご連絡ください。

プロフィール

1992年 大阪大学 経済学部 経営学科 卒業
1994年 大阪大学大学院 経済研究科 博士前期課程 修了
経済学修士〔1994年3月(大阪大学)〕
1994年~ 野村総合研究所
1997年~ 野村證券 金融研究所
2004年~ 野村アセットマネジメント
2013年~ 神戸学院大学 経済学部

主な研究課題

  • 企業金融のエージェンシーコスト、IR(Investor Relations)、ファイナンス、コーポレートガバナンス
  • 電機、機械、造船重機、素材、自動車、プラントなどの企業および産業の事例研究、フィールドワーク
  • 資本財産業(工作機械・FA機器など)の研究
in focus 一覧