2016年12月 心臓突然死を防ぐ「心磁計」の開発に挑戦in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 心臓突然死を防ぐ「心磁計」の開発に挑戦 駒村 和雄 栄養学部 教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 心臓突然死を防ぐ「心磁計」の開発に挑戦 駒村 和雄 栄養学部 教授

心臓検査にメリットが期待される心磁図の研究

私は循環器専門医として日本で心臓移植が本格的に導入され始めた時期から携わるとともに、心不全の診断・治療に関わる基礎的・臨床的研究を行ってきました。さまざまな研究テーマの中でもとくに力点を置いてきたのが、「心磁図」の研究です。心磁図とは、心電図と同じく、心臓の異常を調べる検査法です。心臓は心筋を拡張・収縮させて体内に血液を送り出していますが、この活動の際に弱い電流が発生します。心電図も心磁図も、この心臓に流れる電流の様子を捉えて心臓の異常をつかみ波形にして表示します。

臨床の現場で一般的に使われているのは、心電図検査です。技術自体は100年以上も前に開発された古いもの。その後CTや超音波診断装置などが開発されましたが、ここまで簡単に素早く心臓の動きをつかめるという点で、心電図を超える技術はまだないといってもいい優れた技術です。しかし心電図をとるのに使う心電計は、心臓から体内の組織を経て体の表面に伝わった電流を測定する仕組みのため、電流が臓器ごとの導電率の違いに影響を受けてしまったり、測定できない情報があるなどの欠点があります。

一方の心磁図は、心筋で発生する電流の周囲にできる磁場を心磁計で測定するもので、心電図に比べて、電流の様子を直接把握できるというメリットがあります。すでに50年ぐらい研究されてきた技術で、とくに胎児心磁図(心磁計から得られた記録)は新生児医療に大きく貢献しています。胎児は胎脂と呼ばれる電気を通しにくい脂に覆われており、母体の電流が混入することもあって心電図をとるのが困難でした。胎児心磁図を使うことで生まれる前に胎児の心臓を診断することができ、重症の不整脈を持っているような場合には生まれてすぐに手術などの治療ができるようになってきています。

このように役に立つ技術でありながら、心磁図研究はあまり進んでいません。その理由の一つは、装置が非常に高価で巨大なため限られた場所でしか実験できず基礎研究が進まないことです。そこで私は、臨床の傍ら企業や大学と一緒に研究を行い、狭い研究室でも使える実験装置として電子レンジサイズの動物実験用超小型心磁計を開発しました。いろいろと試行錯誤した結果、心筋梗塞のマウスの心磁図を解析して心電図と遜色のないレベルにまで到達することができ、2008年に学会で発表を行いました。

生命に関わる不整脈を診断する新しい心磁計開発に着手

現在は、さらに新たな開発テーマに取り組んでいます。心磁計の最大の特長は、心電計と違って体への電極の装着が不要で、離れた場所からでもデータが取れることです。実験装置でいうと、ケースの中でラットが走り回っている状態でも心磁図が記録できるのです。この特長を生かして、普段の暮らしの中で心臓の動きを観察できる装置を開発することで、心臓突然死の予防に貢献できればと考えています。

心臓が急に止まる心臓突然死は、ご本人はもちろん、車の運転中などに起これば周囲を巻き込む重大事故にもつながります。心臓突然死の主な原因は不整脈で、気を失ってしまうような重篤な不整脈の発生には多くの場合、予兆があります。予兆をつかんでさまざまな手段を講じておくと8、9割の方の生命が救えるという研究報告もあり、普段から心臓の動きをモニターして分析しておくことは非常に有効です。病院内では専門医が患者さんの心電図を分析して不整脈の発生を予測したり、患者さんの胸に機械を埋め込んで連続的に記録を取り、重症な発作の診断をつけるような医療が行われています。

こうした病院内でしかできないモニターをもっと手軽にできる、心磁計を使った「心事故発症予知装置」の開発をテーマに、大学、病院、企業などとの共同開発を進めています。たとえば服の上から羽織れるタイプの装置なら、パイロットや運転手、巨大機械を動かすオペレーターなど、心臓に異常が起きると重大な影響を及ぼすような職種で就業前の検査が簡単にできて、事故を未然に防ぐことにつながるでしょう。来年度中に試作品を作ることを目標にしています。

心磁計には、まだまだできることがあります。現在、体にカテーテルを入れて心臓内のさまざまな場所で電流のデータをとって不整脈の発生場所を探り、この組織を焼いて治す、といった治療が行われていますが、心磁計なら体に触れることなく外から不整脈の発生場所を突き止められるかもしれません。治療に使えるミリ単位の精度にまで高めるにはまだまだ技術革新が必要ですが、こうした心磁計の可能性を今後も追求していきたいと思っています。

連携の時代に必要なコミュニケーション力を育てる

近年の私の活動として、ミャンマーで現地の医師たちに心臓超音波診断の技術を教えたり、看護師や薬剤師に対して心臓病教育を行うといった社会貢献活動の機会が増えてきました。そんな活動の中で感じるのは、これからの社会で必要とされているのは人々の連携だということです。

医療現場では、もうずいぶん前からチーム医療の時代になっており、本学部で養成している臨床検査技師や管理栄養士はもちろん、看護師、薬剤師、リハビリを担当する理学療法士や作業療法士、そして医師と、各専門職が連携して患者さんの情報を共有して医療に当たっています。私自身、他職種の方々に心臓病教育を行う機会が増えて気付いたのですが、チーム医療時代になって知っておくべき専門知識やスキルが拡大し、それぞれの専門スキルを教え合い助け合うことが重要になってきていると思います。

そんな医療現場で必要になってくるのは、まず何といってもコミュニケーション力です。臨床検査技師を目指す学生には、心電図の部屋に入ってきた患者さんにどのように挨拶をしたらよいのか、から一人ひとりに指導し、患者さんとのコミュニケーションスキルを身につけてもらっています。また、医師や看護師などの医療スタッフとのコミュニケーション力や、国際化の進展による語学力をはじめとしたグローバルな力も求められてきています。4年間かけて、こうした現代の臨床現場に対応できる能力を身につけてほしいと思っています。

そして何より大切なのは、人の生命に関わる仕事をするという高い意識です。臨床検査技師にとって、医師に正確に診断結果を伝えることは大切な役割ですが、それが巡り巡って患者さんの生命や人生を変えるかもしれないという気持ちで仕事に就いてほしい。そんな医療人としての自覚を、学生のうちにしっかりと持っておいてほしいと思っています。

Focus on lab
―研究室レポート―

駒村教授の授業やゼミでは、まず勉強の仕方をみんなで学ぶところから始めています。記憶術などのテキストを使いながら、「覚えることはなるべく少なく」「繰り返し復習する」「覚えるより思い出すことに力を入れる」といった脳の仕組みに合った効率の良い勉強の仕方を学習。勉強に対する不安感や抵抗感をなくすのが目的です。また授業中でも、スマートフォンなどを使ってどんどん学生に調べてもらっているそうです。自分で調べることで学びに興味を持たせ、その経験が記憶の定着を助けることにもつながっているとのこと。ゼミでは国家試験問題の演習も行っています。みんなで同じ問題を解きながら、学ぶ仲間としての一体感を育て、国家試験突破へのモチベーションを高めていくのが狙いだそうです。

プロフィール

1979年 東京大学 経済学部 経済学科 卒業
1983年 大阪大学 医学部 医学科 卒業
1984年 大阪大学 医学部 第一内科研究生 入学
1995年 大阪大学 医学部 第一内科研究生 退学
1996年 大阪大学 医学博士
1983年~ 大阪大学 医学部 第一内科学教室 医員(研修医)
1984年~ 大阪警察病院 循環器科 医師
1989年~ 米国 ハーバード大学 医学部 ニューイングランド地方霊長類研究所 研究員 (Research Fellow at Prof. Stephen F. Vatner's Laboratory, Cardiovascular Division, New England Regional Primate Research Center, Harvard Medical School, USA)
1992年~ 大阪警察病院 循環器科 副医長
1993年~ 大阪大学 医学部 第一内科心臓研究室 研究スタッフ
1994年~ 大阪大学 医学部附属病院 医療情報部 医員
1995年~1998年 国立循環器病センター 第一循環器科 医師
1997年~1997年 米国 聖路加聖公会病院附属 テキサス心臓研究所 移植部門研修生 (Visiting Physician at Transplant Services, Texas Heart Institute in St. Luke’s Episcopal Hospital, USA)
1998年~2008年 国立循環器病センター研究所 循環動態機能部 心臓動態研究室長・心臓血管内科併任
2008年~ 国立循環器病研究センター研究所 循環動態制御部 客員研究員
2008年~2009年 兵庫医療大学 薬学部 医療薬学 教授
2009年~ 武田薬品工業株式会社 中央総括産業医 大阪診療所長
2010年~2013年 大阪大学大学院 薬学研究科 臨床薬効解析学 招聘教員
2011年~ 横浜市立大学大学院 医学研究科 循環制御医学 客員教授
2016年~ 神戸学院大学 栄養学部 教授

主な研究課題

  • 室温使用可能な磁気素子による心磁計測を用いた心事故発症予知デバイスの基礎的検討
  • 足熱療法が健常人及び各種疾患における生理・代謝・免疫学的臨床検査値に与える影響の研究
  • 心筋症の病態生理に関わる伸展感受性Ca透過型陽イオンチャネルTRPV2の役割についての研究
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