2016年11月 からだを守る仕組みを利用してがんを治す薬を生み出すin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ からだを守る仕組みを利用してがんを治す薬を生み出す 角田 慎一 薬学部 准教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ からだを守る仕組みを利用してがんを治す薬を生み出す 角田 慎一 薬学部 准教授

免疫機能をコントロールして有効で安全な「がん治療薬」開発へ

がんは日本人の死因の第一位であり、より良い治療薬の開発が待望されています。現在、さまざまな抗がん剤の研究開発が進められていますが、有効性や副作用の観点から、従来型の抗がん剤(化学療法剤)に代わる薬の開発が求められています。私は大学院生の頃からがんに興味を持ち、新しい標的分子の探索や候補となる薬の開発を主要な研究テーマとしてきました。がんの薬にもさまざまな作用機序の薬がありますが、私が取り組んでいるのは、最近解明されてきたがんと免疫の関係をベースに、免疫機能をコントロールすることによる有効で安全な薬の開発です。

がんとは、体の細胞に何らかの原因で遺伝子異常が起こり、無秩序に細胞分裂を繰り返し増殖してしまう状態のこと。ひとの体には、本来、侵入してきた病原体や異常をおこした細胞を攻撃し排除する免疫機能が備わっていて、がん化した細胞に対しても免疫を活性化して攻撃する能力を持っています。しかしそれがうまく機能することができないと、がん細胞の増殖を許してしまうのです。免疫系にはもともと、免疫を活性化する機能と同時に、免疫が活性化しすぎないように抑える機能もあり、そのバランスがうまく取れています。ところが、がん細胞は、免疫を抑制する方の機能を活性化させる性質を獲得し、がんを排除できなくさせることが分かってきたのです。もう少し詳しく言うと、免疫機能を抑える細胞「Treg細胞」が活性化し、がんを攻撃する免疫細胞「CTL細胞」の力が抑えられ、本来攻撃すべきがん細胞を攻撃できずにがんが増大してしまう、というメカニズムです(図1参照)。この免疫の仕組みをコントロールし、Treg細胞の機能を抑えることができれば、もともとひとが持っているがん細胞を攻撃する力を発揮させることができます。このような、ひとの体にもともと備わっている免疫機能を活性化して治療する「がん免疫療法」と呼ばれる治療法は最近特に注目されています。


図1

そうした中で、私たちは数年前、Treg細胞に発現し、その細胞機能に関わっている分子を見つけることができました。この分子を標的にしてTreg細胞の働きを抑える薬の開発に取り組んでいます。
常により良い抗がん剤が求められている中で、この研究がめざす新しい薬のポイントの一つは副作用の少なさ。従来の抗がん剤は、多くの場合、がん細胞と同時に造血細胞などの細胞分裂の旺盛な細胞も攻撃の対象にしてしまうため、「白血球や血小板が減る」、「髪の毛が抜ける」などの副作用が大きく出てしまうのがネックです。それに対して、自分の体に備わった免疫系をうまくコントロールして活性化させ、がん細胞をやっつけることができれば、副作用も従来の抗がん剤より少ない治療法になることが期待できます。

「難治性乳がん」の治療薬を開発し動物実験に成功

また、がん治療への別のアプローチとして、最近ますます開発が進められているタンパク質でできた「抗体医薬」によるがん治療薬の開発にも取り組んでいます。ひとの体には、異物が入ってくるとそれに特異的に結合する「抗体」と呼ばれるタンパク質を作って排除する仕組みがあります。抗体医薬とは、その仕組みを利用して標的とする分子に対して特異的に結合する抗体を人為的に作り、薬に仕立てたものです。例えば、がん細胞だけに発現する分子に特異的に結合する抗体を人為的に作れば、がん細胞を死滅させたり増殖を防ぐことができるのです。現在、がんに対する抗体医薬はさまざまな研究が進められていますが、まだまだ改良の余地が残されています。

そこで私が現在、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所と共同で進めているのは、タンパク質工学を応用した、より高機能な抗体医薬品の開発です。一般的に、体の中にできる抗体は、一つの標的分子にだけ結合します。それに対して、私たちは同時に二つの標的分子に結合できる「二重特異性抗体」を人工的に作ることを目指しています(図2参照)。この二重特異性抗体は一方ではがん細胞に発現している異常な分子に結合し、もう一方では活性化させたい免疫細胞(CTL細胞など)上に発現する分子と結合することで、がんを攻撃する免疫細胞をがんの組織にたくさん集めることができます。単にがん細胞に結合する抗体よりも体の中の免疫機能を高めることにつながり、従来型の抗体医薬では効かなかったようながんに対しても治療効果を発揮できる高機能な抗がん抗体医薬になると期待しています。


図2

私たちは、従来の抗がん剤が効きにくかった「難治性乳がん」に発現している分子を見つけ、それを標的とした二重特異性抗体を開発しました。まだ動物実験レベルではありますが、有望な結果も出ており、数年後には臨床での試験を開始したいと考えています。また、がんの他にも「自己免疫疾患」の治療薬の開発にも力を入れています。自己免疫疾患とは、免疫系が活性化されすぎて本来攻撃すべきでない正常な細胞や組織を攻撃するようになることで起こる病気で、「膠原病」や「関節リウマチ」など治療の難しい病気がたくさんあります。こちらも免疫機能を適切にコントロールすることができれば治療できると考えられるのですが、先ほどのがん治療薬の場合とは反対に、免疫機能の働きすぎを抑える薬を開発することが目標です。

知的好奇心や科学的な見方を養う薬学教育に貢献したい

2016年4月から神戸学院大学薬学部の准教授として赴任し、研究だけでなく教育にも携わることになりました。大学時代はその後の人生に大きな影響を与える可能性のある大切な時期。私もがんに興味を持ったのは大学時代に所属した研究室のテーマがきっかけでしたし、研究室の先生の影響を強く受けました。ゲノム異常やがんのメカニズムを探り、がん治療薬の創薬研究をしてきた経験を、学生の教育に活かし成長につなげていければと思っています。

現在、1年次生を対象にした生理学の授業を担当しています。私たちの体は実に巧妙にできていて、その仕組みを知れば知るほど「なんてうまくできているのだろう!」と感心することばかりです。まだ解明されていないこともたくさんあります。そんな生命科学の面白さや生命の素晴らしさ、神秘を感じてほしい。本来、巧妙にできた体のシステムが何かの拍子に狂ってしまった状態を元に戻すのを助けるのが薬なのだということも学びの中から理解してほしい。薬学教育の最初のステージでそのような知的好奇心をいかにして高めるか、その重要性を実感しています。

また、ゼミでの研究活動も重要な経験です。新しいものを見つけたり、作り出したりするのに必要な面白さや楽しさを知るのに、研究はまたとないチャンスです。また、研究を通じて身に付く科学的に物事を考える力は、将来、薬剤師などのスペシャリストとして必要な問題解決の力につながるでしょう。ゼミでは、私が取り組むさまざまな研究課題に一緒に携わってもらい、今まで無かったものを作り出す薬学研究の醍醐味を十分に感じてほしいと思っています。

プロフィール

1994年 大阪大学 薬学部 卒業
1999年 大阪大学大学院 薬学研究科 博士後期課程 修了
2001年~2004年 独立行政法人産業技術総合研究所 研究員
2004年~2005年 国立医薬品食品衛生研究所 主任研究官
2005年~2010年 独立行政法人医薬基盤研究所 主任研究員
2010年~2016年 独立行政法人医薬基盤研究所 プロジェクトリーダー
2016年~ 神戸学院大学 薬学部 准教授

主な研究課題

  • 抑制性免疫の機能に関わる分子の解析とがん・免疫疾患治療への応用に関する研究
  • 高機能化抗体の創製とがん治療への応用に関する研究
  • 細胞内移行性抗体/ペプチドの創製と細胞機能制御への応用に関する研究
in focus 一覧