2015年11月
ウガンダやケニアなどの紛争隣接地域を訪ねて
難民を取り巻く現状を調査
与えるだけの支援ではなく、
難民の持つ潜在能力を生かす支援計画を
毎年、ウガンダ北部やケニアなどの紛争隣接地域を訪れ、「国際難民保護レジームにおける負担分担と人間の安全保障」をテーマとした調査・研究を行っています。国際機関による難民関連の資料はあるものの、難民登録がされないまま都市や農村に住み着いてしまった難民たちも多く、現地に足を運ぶことで見えてくる発見や課題があります。
現在、シリアからの難民がドイツなどのヨーロッパ諸国に押し寄せていることがニュース等で取り上げられていますが、世界全体では難民の8割近くが紛争国の隣国である開発途上国に避難しています。難民を取り巻く現状は厳しいものですが、調査をするうち、決して豊かな生活を送っているわけではない現地の人々が難民に食料や住居を提供したり農地での仕事の代償に金銭を支払ったりして助け合う姿が見えてきました。難民の支援には財政的支援と物理的支援とがありますが、一国だけで負担するには限界があり、国際社会全体で分担することが必要です。また、難民となっている人々も紛争以前は仕事を持って働く普通の市民であったことを理解し、難民の潜在能力を生かすような支援計画が重要だと考えています。
トラウマを抱え、様々な
困難に直面する子ども兵士たち
もうひとつの研究課題である「子ども兵士問題と元子ども兵士の社会統合」に関しては、ウガンダ政府と反政府組織LRA(神の抵抗軍)の和平交渉が始まった2006年から取り組んでいます。調査で難民キャンプを回るうち、キャンプから離れたところにみすぼらしい藁葺き屋根の小屋がいくつも建っていることに気がついたのがきっかけでした。私は作物倉庫だと思ったのですが、実は子どもたちがLRAに拉致されないよう北部から避難してきた人々が住む住居で、衛生面など劣悪な環境にありました。
子ども兵士の多くは何らかの形でLRAに誘拐された子どもたちです。荷物を運んだだけで解放された子どもや自力で逃げ出せた子どもがいる一方で、兵士として長期間戦闘に関わった後、政府軍の銃に打たれて見捨てられたところを救出された子どもや、命じられるまま家族を殺害してしまった子どももいます。LRAで過ごす期間が長期に渡ると残虐行為によるトラウマが強く、幼少期に誘拐された場合はしつけや教育をうけずに成長したため社会に適応しにくいなど、様々な困難を抱えています。元子ども兵士の社会統合は非常にセンシティブな問題であり、慎重な調査が必要とされます。解放された当初は問題がないように見えた元子ども兵士のなかにも生活が安定して緊張が和らいだころ、昔の残虐行為がフラッシュバックしてくる例があり、社会統合を難しくしています。
自分たちの力で困難に立ち向かう
現地の人々の生きる強さに感銘
調査を通じて出会ったたくさんの元子ども兵士たちのなかでもひと際記憶に残っているオジョクくんという青年がいます。表情が暗くあまり話さない子でしたが、少しずつ自分は14歳のときにLRAに誘拐され、最終的には上官として残虐行為を行う司令をしていたのだと話してくれるようになりました。もともと自分の住んでいた村で放火や略奪を行ったため、17歳で解放されて「一目家族に会いたい」と村に戻ったときには殺される覚悟だったといいます。しかし、村人たちは彼を受け入れ、許してくれたそうです。「これから人生をかけて人のために役立つことをしたいし、しなくてはいけない」と静かに語ってくれました。彼自身も政府軍に脚を撃たれて銃弾が3発残っているのに痛みをこらえ、村の誰よりも働いていた姿が印象的でした。
私自身、調査を開始した当初は「悲惨な状況にある人々を支援したい」という思いがありましたが、次第にその考えに違和感を持つようになりました。確かに現地の人々は困ってはいますが、レジリエンス(逆境をのりこえる力)を持ち、自分の力で困難を解決する強さを持っています。実際にウガンダ北部の人々は「政府も国際社会も何もしてくれないのなら自分たちで紛争を解決しよう」と話し合い、ひとつの例として恩赦法という法律を制定するよう政府に働きかけました。これは1986年1月17日以降にウガンダ政府に対する戦闘もしくは反乱に関与した人でも自ら投降した場合には裁かず、恩赦を与え、武装闘争時に侵した罪を許して共存しようという試みで、18歳未満の子ども兵士についても処罰をしないと定められています。恩赦法によって被害者側は大きな精神的苦痛と犠牲を払うことになりますが、自分たちの手で紛争を解決し、新しいものを作り出そうとする強さには教えられることが多いと感じています。
私にできることは、現状を知ってもらうこと。現地の人々が歩んできた道を知ることが未来への手がかりになり、素朴な幸せに包まれた普通の暮らしができるようになってほしいと願っています。
「自分と未来は変えられる」
学生と共によりよい未来を生み出していきたい
難民や途上国の現状は座って講義を聞いているだけでは実感しにくいものです。授業では日本で難民支援をされている方を招いたり、発展途上国で起こりうるトラブルを想定した人生双六を製作したりして、まずは想像する機会を持つようにしています。途上国での生活をゲームで疑似体験をした後には「どういった支援プロジェクトが問題の解決につながるか」を話し合いましたが、学生たちは本や資料を読むだけでは実感できない問題をきちんと消化し、深く理解できたと思います。
学生たちが社会人として活躍する時代には、日本も世界も今とは変わっているでしょう。学生たちには自身でいろいろなことに関心を持ち、調べ、考え、柔軟に行動できるようになってほしい。私の専門分野でいえば、自分たちが思う以上に世界でできることがあるのだと知ってほしいと思っています。よく「過去と他人は変えられないが自分と未来は変えられる」といいますが、私も学生たちと共に学び、よりよい未来に貢献できるものを生み出していきたいと考えています。
プロフィール
1992年 津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業
1995年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了、 法学修士
1995年 ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE) 大学院修士課程修了、 国際関係論修士(M.Sc.)
1997年 エセックス大学大学院修士課程修了、国際人権論修士(M.A.)
2002年 エセックス大学大学院 政治学研究科博士課程修了、政治学博士(Ph.D.)
2003年~ 神戸学院大学法学部専任講師、助教授、准教授を経て現職
2004年~2006年 龍谷大学非常勤講師
2005年~2008年 大阪外国語大学非常勤講師
2008年~2009年 大阪大学非常勤講師
2010年~2012年 ヨーク大学難民研究センター(Center for Refugee Studies, York University, Canada)客員研究員
2013年 関西学院大学非常勤講師