2014年9月
様々な「依存症」をより深く
理解するための公開シンポジウムを開催
「依存症」は古くて新しい社会テーマ
吉野:木戸先生は、10月に開催される日本心理学会主催のシンポジウムで「ギャンブル依存の実態と予防」についてお話されるそうですね。毎年開かれているシンポジウムでは、その時、社会で大きな問題になっていることがテーマにされているのですが、「依存症」がテーマになるのは今回が初めてです。今、「依存症」はそれだけ放置できない色々な問題を抱えていると思います。
木戸:これまで「依存症」というと、覚せい剤や危険ドラッグなどの薬物やそれによる事件・事故について語られることが多かったのですが、最近では、物質だけでなく行動や人間関係も依存の対象と考えられ、依存する対象が増えてきています。私自身が研究している病的賭博、いわゆる「ギャンブル依存」については、学生時代に「勝った人だけでなく、なぜ負け続ける人がギャンブルを続けるのか?」と思ったのが研究を始めたきっかけでした。研究を始めた当初「ギャンブル依存」は、まだ日本においてあまり問題視されておらず「依存症」だとは思われていませんでした。
吉野:「依存症」というのは、古くて新しいテーマなのでしょうね。「買い物依存」や「スマートフォン依存」というような言い方もあります。「依存症」という概念をどう定義するのかが難しいですが、それがないと正常でいられなくなる状態をすべて「依存症」というのであれば、何でも「依存症」になってしまいます。
木戸:「依存症」という言葉以外に「嗜癖」や「中毒」、「乱用」という言葉もあり、世間では意味が混同され使用されています。どういった定義で使用するか、専門家の間でも議論が分かれるところですが、今回のシンポジウムではそういったことも踏まえて議論していくことになると思います。
苦しみを理解することが解決の糸口になる
木戸:覚せい剤や危険ドラッグの事件が増えてきていることから、物質に対する「依存症」については学んで知る機会が増えてきています。しかし、ギャンブルやSNSなどの「依存症」は、いまだに「個人の意志の弱さ」や「本人にやめる気がない」といった個人の性格や能力が原因であると考えられることが日本では多いと思います。今回のシンポジウムでは身近な行為を取り上げ、「依存症」を取り囲むこのような現状の改善に繋がればと考えています。
また、吉野先生がおっしゃるように様々な対象に関して、どこまでが「依存症」であるかを判断することは難しいのですが、「こんなものでも依存症になる危険性がある」と捉えることで、どう介入して予防するかについての知見が得られ、コントロールもしやすくなると思います。
吉野:「依存症」は、対人関係の問題も大きいと思います。例えば、家族のひとりに何かの依存があった場合、親やパートナーはどうしてそういう状態になっているのか、理解するのが難しいですよね。でも、本人がどれほど苦しいのか理解が進めば、ただ叱りつけたり排除したりするのではなく、家族の関係が改善されていく手がかりになっていくのではないでしょうか。
「依存症」にならないための予防策が大切
木戸:「依存症」から回復することはもちろん大事ですが、同時にいかに「依存症」にならないようにするか予防策も大切になってくると思います。
例えば、物質の「依存症」について飲酒を例にあげてみると、多量飲酒は健康を害するなど悪い面があります。しかし、適度な飲酒を心がけていればアルコールは日々のストレス発散になるなど良い面もあるのです。だから、悪い面があるから規制して無くせば良いというのではなく、どうすればコントロールできるかを考え、多量飲酒や適度な飲酒についての知識を普及するなど、厚生労働省を中心に様々な対策がされているわけです。ギャンブルについてもパチンコ屋、競馬場はどこにでもありますし、レジャーという良い面と「ギャンブル依存」という悪い面があります。ですので、飲酒と同様にどうすればコントロールできるかを考え、「ギャンブル依存」に陥らない環境整備や対策をする必要性があると考えています。
これまで欧米諸国では、国全体として調査が実施され現状を把握した上で対策がされています。例えば、カジノだけでなくパチンコやスロットに似たギャンブルが町中にあるオーストラリアでは「ギャンブル依存」の有病率が高く、社会問題にもなっていて国が主体になって研究・対策を進めています。日本では研究や対策が遅れており、厚生労働省による大規模な調査が最近になってようやく実施され、「ギャンブル依存症」の推計値が公表されたばかりです。このデータと共に今回のシンポジウムではある県と共同で調査した有病率のデータを発表し、より詳しく現状を知ってもらえる機会になればと思います。また、現在日本では、カジノを導入して観光事業を促進し経済を活性化させるという話がありますが、その背後に潜む「ギャンブル依存」を含んだ問題やその対策はどうするのか、海外での現状や予防・対策について紹介し、議論していきたいと思います。
マンツーマンで学生と向き合う人文学部人間心理学科
吉野:人文学部人間心理学科では、「依存症」など様々なトピックを含む心理学について、「医療心理学」、「社会心理学」、「発達心理学」、「臨床心理学」の4つの専門領域から客観的・論理的に学ぶことができます。また本学科では、一年次から実習が非常に充実していると自負しています。学生たちは考えを実証するために手間暇をかけて実験・調査し、人に伝えるための言葉を訓練しながら自分の言葉でレポートを書きます。本学科では卒業時に必ず論文を書かなければならないのですが、自分を主張しながら客観的に考察を重ねて論文にまとめるという作業は非常に力が付きます。学生達は卒業論文を書き終えると見違えるように成長しています。この経験は社会に出てからも大きな力になると思います。
木戸:少人数グループでの実習が多く、学生同士仲良くなれることも人間心理学科の良いところだと思います。個人的な感想ですが、最近、人との距離感やそのとり方を含めたコミュニケーションが難しい若者が増えてきているのではないかと思います。様々な人間関係を学ぶ大事な時期に、他人と関わらなくてもインターネットやゲームなど一人で時間をつぶし過ごせてしまうことが原因として考えられますが、本学科では少人数グループでの実習が多く、他人と関わる機会が多いので、実験や調査研究について学ぶと共に他人との関わり方についても学ぶことができます。また、心理学各領域の教員数が多いので、自分の興味のある専門領域に進んだときに目の行き届いたマンツーマンの指導が受けられるのも、人間心理学科の良いところだと思います。
吉野 絹子 プロフィール
1968年、大阪市立大学 文学部心理学専攻卒業。75年、大阪市立大学大学院 文学研究科心理学専攻博士課程(単位取得満期退学) 博士(文学)(大阪市立大学大学院)。78年~89年、法務省矯正局(大阪少年鑑別所、矯正研修所大阪支所、神戸少年鑑別所、京都少年鑑別所を歴任)、89年~92年 名古屋明徳短期大学、92年~2003年 摂南大学、03年より現職。
主な研究課題
対人的葛藤の過程及び解決方法(キーワード:対人的葛藤、対人ストレス、コーピング、第三者介入)
リスク・コミュニケーション技法の開発(キーワード:リスク認知、リスク・マネジメント、社会的葛藤)
大学教育へのゲーミングの導入(キーワード:SIMSOC、ゲーム過程、態度変容)
木戸 盛年 プロフィール
2003年、関西学院大学文学部心理学科卒業。05年、同大学大学院文学研究科心理学専攻・博士前期課程修了。08年、博士後期課程(単位取得満期退学)。11年より神戸学院大学人文学部人間心理学科実習助手を勤める。14年、関西学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士(心理学)取得。
主な研究課題
行動嗜癖としての病的賭博への心理学的アプローチ
Information
日本心理学会公開シンポジウム
日 時 | 2014年10月25日(土) 14:00~17:00 |
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場 所 | 神戸学院大学ポートアイランドキャンパスB号館2階 B203講義室 |
テ-マ | 溺れる心:依存症を考える http://www.psych.or.jp/event/sympo2014_izon.html |