2012年12月
障害者と健常者の関係性を通して社会を見る
「障害者の自立生活」が研究のキーワード
「障害者の手足となる」ことで、前田拓也講師は、ケアする者とされる者の関係性を見つめ考えてきた。研究のキーワードは「障害者の自立生活」。一般的に自立というと、経済的自立をイメージしがちだが「障害者の自立生活とは、施設や家族による介護に頼らず生活すること。『自分のやりたいことを自分で決定する自立』でもあります」。これは、自分のことを自己決定できてさえいれば、経済的援助や介助を受けていても「自立している」といってよいという考え方。「1970年代から日本で地道に取り組まれてきた障害者運動の一つです。そもそも障害者は介助者に先導されることが多く、自分の意志を伝えて実現していくという環境にはありませんでした。しかし自立生活では、障害者と健常者の関係性は全く逆になります。介助者は先回りせず、まず障害者が望むことを聞き取り、障害者の手足のように淡々と応えてサポートしていく。こういった関係性は施設の職員と障害者の間ではあり得ず、施設を退所した障害者が主に実践しています」と前田講師。今の社会における関係性の逆転ともいえる、この実験的運動を基盤とした前田講師の研究「<自立>を志向する障害者とケアワーカーの相互行為に関する調査・実証研究」は、2012年度の科学研究費補助金に採択されるなど、大きな期待を集めている。
「参与観察」で自立生活の現状を調査
前田講師の専門分野は、福祉社会学と障害学。大学院時代に福祉の世界に興味を持つようになったという。「ちょうど障害学が注目され始めていた時代でした。日本に紹介されたのが1990年代後半ごろで研究者も増えてきていました。それまでの福祉や障害者に対する語り口とは異なる点が面白いと感じました。既存の福祉の語り口は、『こうあるべきだ』が前提としてあり、それをどう実現していくかという話でした。しかしその『こうあるべきだ』に間違いがあるのではないかと考え直し始めたのが、障害学の担い手たちです。また障害学に携わっているのが基本的に障害者自身であることも大きな特徴です。障害学は障害を持つ当事者のものだという前提があったので、どうすればその学問分野に健常者である自分が受け入れてもらえるのかを、常に考えながら研究を続けてきました」。
前田講師が研究の軸としているのが、自立を志向する障害者と介助者の関係性を調査するフィールドワーク。「大学院時代、兵庫県西宮市にある自立生活センターで非常勤の介助者として8年間働きました。地域で一人暮らしをしている身体障害者の家に行き、料理や掃除などの家事や外出のサポートをしました。これは『参与観察』と呼ばれる研究手法。勤務という形でなら現場に受け入れてもらえ、障害者がどのような暮らしをしているのか、介助者がどのようなことを感じているのか、障害者と介助者の関係性を含む現状をダイレクトに観察できると考えました。もちろん研究が目的であることは事前に説明し、了解をいただいていました」。
「ナマの経験」を通して社会を考えていく
前田講師は、大学院時代を通じた長期の参与観察で、障害者と介助者の関係を通じて何を明らかにしたかったのだろうか。「当初は、それまで福祉や介護の知識・経験が全くなかった自分が、障害者と出会い介助することでどう変わっていくか、自分で自分を観察している感覚でした。例えば多くの人にとって特に抵抗感があり衝撃を受けることが多いのが、トイレ介助かもしれません。しかしそのように障害者との出会いが衝撃的であるということ自体が、実は社会的な問題なのです。日常の生活で障害者と出会う機会がない社会だからこそ健常者が衝撃を受ける。つまり障害者と介助者の関係性の中に、社会の問題が凝縮されているわけです。私は現場における障害者と介助者の関係性(細かいやり取り)を見ることで、今の社会で障害者と健常者が置かれている状況を分析したいと思っています。障害者問題というマクロからではなく、個人対個人の関係というミクロから研究の半径を広げていきたいと考えています」。
2009年10月には『介助現場の社会学~身体障害者の自立生活と介助者のリアリティ』(生活書院)という単著を出版した。これは前田講師の長年の介助体験などを事例として踏まえながらまとめたもので、「今後も障害者の自立生活や、それを支援する介助者の言葉などを多く蓄積していきたい。その蓄積をどう位置づけて、障害者の自立生活の意義をどう社会に発信していくか。これこそが研究と現場の両方に立脚した私のような人間の使命。自立生活を支援した経験を持つ介助者を一人でも多く作っていくことが重要ですし、この研究を通して障害者と健常者の関係性を考える、つまり社会の仕組みを根本から考え直すきっかけにしたいと思っています」。
前田講師が人文学部で担当している授業は「障害者ボランティア論」「バリアフリー研究」、フィールドワークを中心とした社会調査の実習科目など。特に実習科目で学生たちに学んでほしいことは、「私が障害者と介助者の関係性から社会の問題に迫ろうとしているように、学生たちも自分が暮らしている身近な世界から社会を見通す感性を身につけてほしいと思っています」。
プロフィール
2001年、関西学院大学社会学部卒業。03年、関西学院大学大学院社会学研究科・博士課程前期課程修了。06年、関西学院大学大学院社会学研究科・博士課程後期課程・単位取得満期退学。09年、博士学位取得(社会学)。同年、単著『介助現場の社会学~身体障害者の自立生活と介助者のリアリティ』(生活書院)を出版。
主な研究課題
- ケアする者とされる者の関係性
- 労働/仕事のリアリティとはたらく人々の生活世界
- 社会調査、とくに質的調査/フィールドワークの困難と可能性