2011年11月
毒性重金属から体を守るたんぱく質 「メタロチオネイン」の謎に挑む
生体防御システムである
「非常時タンパク質」
「悪者を排除する『スーパーマン』のような存在といえるのが、私たちの体内で作られるメタロチオネインというタンパク質です」と小野坂敏見教授。例えば、毎日米を食べる私たち日本人は、重金属のカドミウムを多く腎臓に蓄積しているが、「メタロチオネインは、カドミウムと結合することで、腎臓がダメージを受けて腎障害を起こすことを防いでくれているのです」
小野坂教授はメタロチオネインの持つ謎に惹(ひ)かれ、興味を示す研究者が少ない時代から、さまざまなアプローチで意欲的かつ独創的な研究を進めてきた。「メタロチオネインはすべての動物に存在しますが、私たちの生命維持に必須のタンパク質ではありません。カドミウムや銅、水銀などの毒性重金属が体内に入ってきた時などに、それらの摂取量に応じて自然に合成されて働きます。メタロチオネインは普通の状態では亜鉛と結合しているのですが、カドミウム、銅、水銀などのほうが亜鉛より結合力が強いため、亜鉛と置き換わります。その結果、体内に入った重金属の毒性が軽減されるというわけです。このようなメタロチオネインの作用は、生物の体に備わった防御システムの一つ。そのため、メタロチオネインは困った時に助けてくれる非常時タンパク質とも呼ばれています」
活性酸素の除去作用により
紫外線や放射線からも防御
メタロチオネインは人間の場合、肝臓や腎臓などの細胞に多いとされ、最近では重金属の毒性軽減だけでなく、私たちの体に悪影響を及ぼすといわれる活性酸素の除去作用なども試験管実験で明らかにされてきているという。「メタロチオネインを体内に増やした動物と普通の動物、その両方の体の中に大量の活性酸素を作り出し比較した実験でも、メタロチオネインを多く体内に持つ動物には、活性酸素への優れた耐性が認められました」
活性酸素は、皮膚に悪影響を与えるとされる紫外線を浴びることでも作られ、シミやシワの原因となることも知られている。「メタロチオネインの紫外線防御作用に着目した皮膚クリームの開発なども、将来の可能性としては考えられます」
メタロチオネインは私たちの体の老化だけでなく、がんを含む病気の発症などに対する防御作用があるともいわれている。「実はメタロチオネインは放射線に対する抵抗性があると言われ、放射線障害を軽減する作用があるとされています。私は、放射線を浴びると肝臓で活性酸素が増えてさまざまな障害を引き起こすと考えています。ですから被ばくの可能性がある人が、合成誘導剤としての亜鉛剤などを服用してメタロチオネインを体内に増加させることは、データが無いため断言はできませんが、理論的に正しいと考えられます。仮に亜鉛剤を摂取し過ぎたとしても、メタロチオネインが増加するだけで、体に対する悪影響はないと思います」
肝臓病の治療法を発見する
きっかけとなる可能性も
小野坂教授のメタロチオネイン研究の大きな成果の一つは、臓器などの組織中に存在するメタロチオネインの量を簡単に測定できる簡易定量法「Cd―hem法」を開発したことだという。「例えば生体に対する重金属などの影響を調べるには、肝臓などの臓器で反応し増加したメタロチオネインの量を測定する必要があります。しかしメタロチオネインというタンパク質の測定は難しく、メタロチオネインを特異的に認識する抗体を用いた測定法である抗原抗体法なども大変な手間と時間がかかっていました。しかし『Cd―hem法』により、これまで世界中の研究者が苦労していた測定が簡単になり、メタロチオネインの生理機能や有用性などの研究が大いに前進するなど少なからぬ貢献ができたと思っています」
今、小野坂教授は「肝臓が悪化すると、なぜ命に関わるのか」というテーマに大きな関心を持っている。「例えば過度の飲酒などで肝炎などの障害を起こし、悪化すると命に関わります。それはなぜか。肝臓の解毒作用が低下するという漠然とした理由は分かっていますが、根本的な原因はいまだ解明されていません。肝臓が悪くなり命に関わるまでには何らかの化学反応が起きているはずです」。メタロチオネインは投与する重金属の種類を変えることで、研究対象とする臓器別に、生成量を増やすことができるという。小野坂教授はカドミウムの投与により、今まで誰も着目しなかった肝臓を悪化させていく化学反応を見つけて追究し、肝臓病の治療に役立てたいと考えている。「肝臓でメタロチオネインを増加させておくと、カドミウムを投与しても、肝臓の機能を悪化させる某物質が抑制されることが分かっています。重金属の毒性軽減や抗酸化作用を持つメタロチオネインの研究が、将来、肝臓病治療の福音となる可能性もあるのです」
プロフィール
1970年、富山大学薬学部卒業。73年、同大学大学院薬学研究科修士課程修了。同年12月、神戸学院大学栄養学部に助手として着任。78年、大阪大学薬学部で博士号(薬学)を取得。79年、カナダ・ウェスタンオンタリオ大学留学。92年から現職。私立大学情報教育協会・栄養学情報教育委員会委員。
主な研究課題
- メタロチオネインに関する研究(メタロチオネイン・毒性・金属)
- 寿命や人口に関する経数衛生学的研究(平均寿命・人口・国民総生産)
- 社会環境と人間との関係についての研究(経済水準・人間)