2010年10月
子どもたちの発達環境として必要な、「ギャングエイジ」の復活を願う
子どもたちは人と関わる中で社会性を身に付けていく
研究室に入ると、温和な笑顔が出迎えてくれた。そんな笑顔の主が小石寛文教授だ。専門は発達心理学。発達心理学とは、「人の加齢に伴う発達的な変化」を研究する学問分野である。小石教授は「学級や地域における子ども同士の人間関係が、子どもたちの社会性や社会的スキルの発達にどのような影響を与えるのか」について長年研究してきた。
しかし今、日本の社会状況は大きく変化し、子どもたちの発達を支えてきた学級や地域環境は昔のようなものではなくなっていることも事実。それによる最も心配な問題が、「心理学分野で『ギャングエイジ』と呼ばれる、児童期の子どもたちに見られる行動の変化」と小石教授は言う。「小学校の3~6年生頃になると子どもたちは仲間を強く求めはじめ、大人から干渉されない自分たちだけの小集団を作って遊びや活動を楽しむようになります。子どもたちは、仲間うちだけで通じるルールや約束のなかで自我を抑えることを学び、対人摩擦による心理的葛藤なども経て社会的スキルを獲得していきました」。
しかし最近は学習塾通いなどの過密スケジュールや、一人で楽しめるゲーム機器などの普及で子どもたちを取り巻く環境は変質。小石教授は「昔は、人と関わるわずらわしさを経験しない遊びは楽しくなかったが、楽しく一人遊びができるおもちゃが増え、そのような経験をしなくても楽しめるようになった。このように遊びの質が変化したことも要因の一つ。人と密接に関わることなく、社会性が未発達のまま成長してしまう子どもが増えているのではないか」と懸念している。
では、子ども同士が深く関われる発達環境を、今の社会状況に合わせてどう作っていけば良いのか? 注目されているのが、地域全体で子どもたちを見守り育む環境を構築しようとする文部科学省の「放課後子ども教室」や、文部科学省・厚生労働省が推進する「放課後児童クラブ(学童保育)」。つまりは、地域の人たちの協力を得て子どもたちの遊びや生活の場を作ろうという施策だ。「ギャングエイジのような小集団づくりに繋がるのではないか、と関心を持って見ています。集団で学び遊ぶことの効果をデータ化し、子どもたちが人と関わる場づくりの重要性を保護者や行政などに訴えかけていきたいですね」。
心理学は家庭や社会で上手に生きていくための基礎知識
小石教授は、子どもたちの小集団、とりわけ高学年の子どもがリーダーシップをとる異年齢集団の必要性を熱く語る。そもそも、なぜ発達心理学を含む心理学分野に興味を持ち研究者の道を目指したのか? 「自分自身の生き方について悩んでいたこともあるでしょうね。また高校時代に、ある大学で学生の心理相談を担当している専門家の講演を聞き、心に悩みを持つ人に寄りそうカウンセリングの仕事に興味を持ちました。しかし、子どもたちの小集団について研究していた恩師の影響もあり、臨床心理学ではなく発達心理学・教育心理学の分野に進むことになりました」。
そんな小石教授が常々、授業で学生に言っていることがある。「学校でも社会でも、私たちは一生、人と関わって生きていく。心理学は人を理解する学問。社会で上手に生きていくための専門知識を学んでいると考えてほしい」と。また今、子どもたちに対する虐待や育児放棄などが増加していることに関して、「発達心理学の授業で子どもを理解し、一人ひとりの個性をきちんと受けとめるための専門知識を身につけてほしい。将来の育児にもきっと役立つはず」と力説している。
小石教授が教鞭をとる人間心理学科は、学科の独自棟を持つことも大きな特徴だ。人間心理学科の学生が主に学んでいる有瀬キャンパスの14号館には、地域の子どもたちと遊び、それを観察できる行動観察室(プレイルーム)なども整備されている。「行動観察の実習を通して、子どもの発達について実践的に学んでほしいですね」。
子育て支援に本気で取り組む地域のボランティアに期待
神戸学院大学は昨年度から、子どもの発達・健康・食生活などの子育て支援について体系的に学ぶことができる「まちの寺子屋師範塾(兵庫県主催)」に協力し、子育て支援講座を開講している。今年は「子どもの理解と子育て支援」というテーマで、10~11月の期間中、全6回にわたる連続講座を実施する。子どもの成長や発達を地域で見守り、子育てを支援することの大切さが見直されるなか、「この連続講座は、地域による子育て支援や地域の教育力の必要性、発達心理学の視点から見た子どもの心の発達や個性、それに対する対応などを学ぼうというもの。受講生には、放課後子ども教室をはじめ、読み聞かせ、登下校の見守りなどといった子育て支援の地域活動に携わっている人も多いようです。そういった地域の子育てを支える有志の人たちに、子どもの発達や個性に関する基礎知識を学んでいただき、子どもたちとの向き合い方について考えていただければと思っています」。
今年度の講座の特徴は、講師の話のあとで子育て支援の実践を学べるワークショップ形式が取り入れられていること。個人やグループで活動を始めるためのノウハウを身につけることができ、講座の修了者には修了証が交付される。
「子どもたちを地域全体で見守っていた時代と全く同じ環境を復活させることは難しいでしょう。しかしこの連続講座で学んだ人たちがリーダーとなって、現在の社会状況に合った子育て支援の環境をどう作り出していくか。地域による子育てに関心を持ち、問題を解決しようと取り組んでおられる受講者の皆さんのチャレンジに大いに期待しています」。
プロフィール
1967年神戸大学教育学部卒業。73年名古屋大学大学院教育学研究科・修士課程を修了、同博士課程退学。学術博士(神戸大学)。神戸大学発達科学部附属人間科学研究センター長(1996~2000)、神戸大学発達科学部長(2001~2002)を経て、2005年神戸学院大学人文学部人間心理学科教授に就任。子どもたちの発達を地域で支える活動や仕組みづくりに注目した研究に取り組んでいる。
主な研究課題
- 子どもの社会性と社会的スキル
- 学級の人間関係
- 地域の発達環境