2009年9月
経済理論をベースに、地域経済振興の切り札“観光”の未来を考えるin Focus

経済理論をベースに、地域経済振興の切り札“観光”の未来を考える。石川 修一 経営学部 経営学科 教授

道路建設から観光へ
時代とともに変化する地域振興のあり方

石川 修一 経営学部 経営学科 教授

私が大学院生だった1980年代前半頃、当時の建設省の外郭団体で、道路建設が地域活性化にどのような効果をもたらすのかを調査し分析する研究が行われていました。私も研究者の一人として参加し、道路建設の地域経済への費用対効果、コストベネフィット(CB)と言いますが、そうした数値を経済学の計算式を用いて試算する調査研究に取り組んでいました。当時から、予算のかかる道路建設は将来的に減少していくと考えられていましたが、その後、道路建設を巡る状況は予想されていた通りに推移します。国は土木工事で地域活性化を図ることからの脱却を迫られるようになり、大都市をはじめ各地域に、国内や世界から観光客を集めて経済活性化を図るという方向へと方針を転換。観光庁を設置して“観光立国”を提唱するようになります。私自身も、そうした時流のなかで、観光による地域復興を模索することになったのです。

いかに予算をかけずに収益を上げるか
観光地としての戦略を考える時代の到来

バブル経済が崩壊し、大規模リゾートやテーマパークの運営がCBに見合わない現在、地域固有の文化や歴史などを再発見・再評価し、観光商品として売り出そ うという動きが全国に広がっています。史跡などの文化遺産は地元にもともとあるものなので、低コストで観光客を呼べます。ただし、やみくもに地元の目玉だ と言って売り出してもうまくいきません。観光客のターゲットを絞り、綿密なマーケティングを行った上で、売りになる要素を再構成する必要があります。そう すれば、たとえ交通の便がよくなくても観光客は来てくれるのです。九州の山深い里にある黒川温泉は、その典型例です。日本の温泉地はどこも観光客の減少に 悩まされていますが、黒川温泉のある、熊本県南小国町にはその人口約4,400人(平成21年現在)に対して宿泊客のみで年間100倍を超える約50万人 (平成19年)が訪れています。イギリスでは、日本に先んじて城などの史跡をホテルやレストランにして運用したり、大学やパブリックスクールなども観光対 象に組み込むなど、歴史的な建造物を積極的に観光資源として活用してきました。これには、観光客によって経済的に地域が潤うことで、歴史的建造物を後世に 残すことができるという利点もあります。また、イタリアのコロッセオなどもそうですが、それ自体は単なる古くさい過去の遺物に過ぎません。しかし、その遺物がたどった物語を知ると人々はその魅力に引き付けられるのです。テーマパークとは違う、本物が持つ魅力をどう効果的にアピールするか。私の研究テーマのひとつと言えるでしょう。

石川教授は、日本各地の遺跡や温泉地をまわって何が観光につながるかの調査を数多く実施。写真は、南山大学の研究者と共同で鳥取と島根地方で行った視察調査の現地の様子(写真は、松江市保健医療福祉ゾーンと共存する「田和山史跡公園」)
石川教授は、日本各地の遺跡や温泉地をまわって何が観光につながるかの調査を数多く実施。
写真は、南山大学の研究者と共同で鳥取と島根地方で行った視察調査の現地の様子
(写真は、松江市保健医療福祉ゾーンと共存する「田和山史跡公園」)

観光の発展こそ
国の経済を豊かにする原動力

経済学的な視点に立つと、観光もひとつの消費行動です。お金を落としたくなるようなスポットが数多く存在すれば、観光地として発展します。ニューヨークやパリなどの大都市が多くの人を惹き付けてやまないのは、歴史的建造物だけでなく、美術館や観劇場、ファッショナブルなエリアなど魅力的な場所が無数にあるからです。そうした観光地は、生活者の人生も豊かにしてくれます。観光したい場所はイコール、働きたい、住みたい場所でもあるのです。つまり、観光地が増えるとあらゆる消費活動が活性化され、結果として経済成長を促すことにつながります。今後も、経済的手法を駆使して、地域、あるいは日本経済の復興をもたらす手段として、観光のあり方を考えていきたいと思っています。

プロフィール

1987年、早稲田大学博士課程(商学研究科、経営統計)修了後、姫路短期大学(現・兵庫県立大学環境人間学部)勤務。現在、神戸学院大学経営学部教授。

主な研究課題

  • ホスピタリティの観点からの遺跡保存・活用に関する研究
  • 観光資源の価値創造に関する研究
  • 日本の産業・経済の計量経済学的研究

Focus on Lab ―研究室リポート―

現地でのフィールドワークを通して、
観光地の魅力を多角的に分析

2006年8月、鳥取県の皆生温泉との比較で城崎温泉をフィールドワーク
2006年8月、鳥取県の皆生温泉との比較で城
崎温泉をフィールドワーク

石川教授のゼミナールでは、2006年に姫路で開催された日本観光学会の全国大会に参加し、城崎温泉と皆生温泉という2つの温泉地で実施したフィールドワーク調査の結果報告を行いました。2つの観光地のどのような要素が両者の集客の差となっているのかを、学生が比較分析した結果を発表したものです。現地では、お店の店頭などで出入りする観光客の数や店員の対応などを観察し、観光客と店員双方に聞き取り調査を行ったそうです。「観光地で重要なのは、リピーターの数です。魅力的なスポットはあるのか、観光施設で働く従業員がホスピタリティ、つまり、“おもてなしの心”あふれる接客をしているのか。そこにまた来たいと思わせる要素がなければ、観光地として発展しません」と語る、石川教授。学生には、たとえ単なる観光で訪れた土地でも、そうした観点から街を観察するようにと教えているとのこと。「私のゼミでは、単位としては必修ではないのですが、9割の学生が卒業論文を出してくれます。観光学的観点を少しでも取り入れていれば、“旅行日記”でもいいよ、と言っているからでしょう(笑)。彼らには、勉強したいと思う分野をひとつでもいいから見つけて追究してほしいと思います」。

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