2007年11月
血栓と食の関係を解明し、実践的な研究活動を展開
血栓症に、他の研究者とは違う角度からアプローチ
高齢社会を迎え、脳卒中や心筋梗塞、認知症などの血栓性疾患がますます増加しています。血栓とは、血管の中にできる血のかたまりのこと。血栓は切り傷からの出血を止める役割も果たしますが、年齢を重ねると血栓を溶かす働きが衰え、血栓ができやすくなり、血栓性疾患を引き起こします。私は、この血栓について30年くらいにわたって研究しています。
現在、広く用いられている易血栓性(血栓形成傾向)診断法は、採血した血液に抗凝固剤を加えて凝固を防いだ後、血液に含まれる血栓に関係する成分を測定、あるいは血液に種々の化学物質を加えて反応性を測定する方法です。しかし、多くの成分の測定値から易血栓性を判断するのは容易なことではないようです。成分間の様々な相互作用があり、未知の成分が重要な働きをしている可能性もあります。例えば、血液細胞のひとつの血小板は、血栓形成で重要な働きをしており、この活性がたかまりすぎると血栓ができやすくなります。この血小板の状態を測定するため、いろいろな化学物質が加えられます。しかし、加える化学物質によってしばしば反応の結果が異なります。そこで私は、実際に血管内に血栓をつくり血栓のできやすさを調べることにしました。また、血液まるごとを試料として、化学物質をいっさい加えずに、血栓のできやすさを調べることにしました。
自分と同じ考えをもつ研究者がいないか調べてみると、ロンドン大学のチームが、私の考えを既に実行していることがわかりました。『ヘリウム-ネオン(He-Ne)レーザー照射により実験動物の血管内に血栓をつくる方法』と『ヘモスタトメーター』を確立していました。1985年頃、私は彼らの論文を参考にしてレーザー法を確立しました。次にヒトの診断に役立つヘモスタトメーターに興味を持ち、早速彼らに連絡をとりました。以来、1991年に3カ月間、ロンドン大学セントバーソロミュー病院に滞在し、帰国後彼らの協力を得て、この装置を完成させました。素晴らしい装置でしたが、問題点もいくつか見つかりました。私は研究室の同僚や医学研究者の協力を得て、2000年に日欧神戸血栓シンポジウムを本学で主催しました。この時からヘモスタトメーターの次世代装置の開発が始ったのです。Gorog先生とKovacs先生が装置を作り、私の研究室が実用して問題点を指摘するという共同研究です。その結果、ゴログ血栓症測定装置(Gorog Thrombosis Test ; GTT)が完成しました。GTT完成を目指して、互いにロンドンと日本を往き来しました。その後、GTTに改良が加えられ、ベッドサイドでも使用可能な素晴らしい市販の簡便型装置となりました。
※ゴログ血栓症測定装置ホームページ: http://www.gorogthrombosistest.com/index.htm
GTTは世界で最も優れた易血栓性測定が可能な装置であると確信しています。レーザー惹起血栓形成法とGTTは、様々な血栓性疾患の予防と治療に大きな威力を発揮するものと期待しています。
GTTが海外の研究者の間で広まってくれることを期待しています。なぜなら、海外で多く使われるようになれば、日本国内の研究者に、より注目され、日本に“逆輸入”されて、日本でも主流となる可能性が高いからです。そのため、近いうちに生理学研究室のホームページの英語版も立ち上げ、海外へ積極的に発信していくつもりです。
基礎的研究、実証、そして実用化
血栓は、食と密接につながっています。最近、「赤ワインに多く含まれるポリフェノールが動脈硬化を防ぐ」とか「ゴマの成分のひとつセサミンが健康と美容に良い」といった話をよく耳にします。ポリフェノールやセサミンのサプリメントを飲む場合はそうした効果が得られるのかもしれません。しかし、その考えをそのまま、まるごとの食物に当てはめることはできません。なぜなら、私たちはこの考えを支持しないいくつかの結果を得ているからです。食物には抗血栓作用や抗酸化作用のある成分以外に様々な栄養成分が含まれており、中にはプラスの効果を打ち消すマイナスの成分が存在する場合もあるからです。
例えば、赤ワインは血栓症の予防に役立つといわれています。果たしてそうでしょうか。私たちはワインではありませんが、その原料のブドウ果実の抗血栓作用を、上に述べた方法を用いて調べてみました。赤ブドウ27品種、白ブドウ19品種での結果は、予想に反してほぼ100%の品種が血栓形成を促進するというものでした。また、ポリフェノール含有量と抗血栓作用との間には相関は認められませんでした。ワイン関係者のために敢えて付け加えますと、私たちの結果はワインでの結果ではありません。醸造の過程で性質が変わる可能性を否定しません。しかし、もし私が尋ねられたら、ワインは楽しむために飲むのであり、血栓予防のためには飲まないほうがよいと答えます。最近のワインの疫学研究も赤ワイン仮説に疑問を投げかけています。私たちの実験から、血栓を抑える働きをもつ食べ物かどうかは、食べ物に含まれる特定の成分のみに注目しないで、食べ物全体に抗血栓作用があるかどうかを調べる必要があると考えています。以上からお分かりのように、私たちのアプローチには、食物の場合も血液の場合も、まるごとの働きをみるという共通点があります。
さらに重要なのは、この類の研究は、研究室に閉じこもっていてはいけないということです。つまり、様々な食物の中から血栓をできにくくする『抗血栓性食物』を発見し、その食物を一般の皆さんにも知っていただき、スーパーなどで実際に販売している“健康ジャガイモ”用の販売促進チラシ食べていただき、その効果を診断していただくことで、はじめて役立つのです。そのため、食品関連の企業や生産者と協力して、特に抗血栓作用を持つ野菜や果物の普及をめざす取り組みに力を注いでいます。最近では、JA兵庫六甲と連携した「健康ジャガイモ」と名付けた3品種の例があります。ただ、このジャガイモを “抗血栓性ジャガイモ”ではなく、“健康ジャガイモ”という表現に留めているのは、まだ多くの研究が必要であるからです。薬事法にも抵触しないようにしなければいけません。残された問題点は多くありますが、私自身は抗血栓作用が認められた野菜・果物を積極的に食べています。定期的に病院でGTT測定も行っています。
血栓研究法、抗血栓食の普及促進に向けて
一般の方にも広く抗血栓食を知っていただくには、食物の生産者や製造加工業者や医療関係者とともに、食物に対する様々な正しい知識や情報を持つことが重要です。そのための意見交換の場として、2004年1月に「抗血栓食研究会」を発足させました。近い将来、私たちの研究に賛同していただける国内外の研究者、栄養・医療関係者、食品関連企業、生産者等の方々とともに、抗血栓食を普及させる体制の確立を夢見ています。実際に、産官学を問わず、幅広い分野の専門家が集まり、積極的に情報や意見を交換して、抗血栓食について語ることは楽しくもあります。この試みは血栓性疾患予防だけではなく、野菜や果物に付加価値を与え、食品産業や農業あるいは医療の世界に一石を投じることができるかもしれません。
※栄養学部生理学研究室ホームページ: http://www.nutr.kobegakuin.ac.jp/%7Eseiri/
プロフィール
1965年、広島大学理学部生物学科卒業。1969年、神戸大学大学院理学研究科修士課程修了。1976年、医学博士(神戸大学)。2000年、日欧神戸血栓シンポジウム実行委員長。日本血栓止血学会誌編集委員。 Fellow (Royal College of Pathologists, England)。現在、神戸学院大学栄養学部教授。
主な研究課題
- 品種に注目して、抗血栓作用をもつトマトをはじめ種々の野菜・果物の探索。
- 易血栓性測定装置 Gorog Thrombosis Test (GTT) の開発に、共同研究者として参画。
- GTTを用いて、医師と共同して脳卒中患者の易血栓性を測定。
- ヘリウム-ネオンレーザー照射により実験動物の血管に血栓をつくる方法を用いた、血栓形成と血栓溶解に関する基礎的研究。
他多数
Focus on Lab ―研究室リポート―
「健康ジャガイモ」
― 本学栄養学部生理学研究室・山本教授の研究と実践 ―
「健康ジャガイモ」とは、山本順一郎教授を中心とした本学栄養学部生理学研究室が、JA兵庫六甲、生産者と共同して普及に取り組んでいる抗血栓作用が期待される食物のひとつです。「ほっこりゴールド」「ほっこりレッド」「ほっこり8号」としてJAの店舗や大手スーパーなどで販売されています。
また、山本教授が会長を務める「抗血栓食研究会」のメンバーが商品化を検討するなど、山本教授たちの独創的な研究が徐々に広がりをみせています。 今後抗血栓作用をもつ種々の野菜や果物の数が増えていくことが望まれます。