- たんぱく質分解酵素の活性を制御できる新技術を開発
- 日高 興士 薬学部 講師
- 薬学部薬品化学研究室の日高興士講師が、プロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)の酵素活性を失わせることも再び活性化することも容易に制御できる新技術を開発しました。米国化学会の雑誌「バイオコンジュゲイト・ケミストリー」にも昨年、新技術についての論文が津田裕子教授(副学長)らとの連名で掲載され、成果は国内外の学会でも注目を集めました。本学を通じて特許出願中で、試薬メ―カーの東京化成工業は新技術の酵素阻害剤として製品化し、販売を始めました。新技術は未来の医療や創薬をどう変えるのか、日高講師に聞きました。【取材は広報部】
ビオチンとストレプトアビジンが新技術の主役
広報部 プロテアーゼはヒトの体の中にもありますが、さまざまな病気の病原菌を増殖させる上で大きな役割を果たしますね。プロテアーゼ阻害剤は研究試薬として、また病気の治療薬としても使われています。特に医療現場では、病気の治療で病原体を殺すのにも体内の代謝を正常にするのにもプロテアーゼ阻害剤を用います。高血圧、糖尿病、血栓(せん)症、白血病の治療にも幅広く使われます。今回設計された新たな技術はどこが違いますか。
日高講師 ビオチン(ビタミンB7)を阻害剤に直接つなぐ技術です。ビオチンを「スペーサー」と呼ばれる炭素分子などの鎖で阻害剤に連結させる技術自体はこれまでも使われています。今回は、連結の仕方をスペーサーなしに直接つなぐ方法に変えました。さらにストレプトアビジン(たんぱく質の一種)を加えることで、プロテアーゼが活性化したり、活性が失われたり、自由自在に「オン・オフ」を繰り返すことが可能になりました。ビオチンとストレプトアビジンの親和性が極めて高いので、ビオチンを外して酵素を活性化させたい時はストレプトアビジンを加え、酵素活性を阻害したい時は再び阻害剤を加えれば良いのです。図を見ていただければ分かりやすいかと思います。
たんぱく質分解酵素を室温で長期保存可能に
広報部 プロテアーゼの酵素活性を自由に「オン・オフ」制御できるようになれば、どんなメリットがありますか。
日高講師 プロテアーゼの保存が飛躍的に簡単になります。今まではマイナス80度くらいの超低温で保存しなければならなかったのが、室温で長期間保存しても機能が損なわれません。また、いったん阻害剤を加えて「オフ」にしてしまうと、再び「オン」にするのは困難でした。変性剤(物質の本来の性質を失わせる物質=広報部注)を加えてたんぱく質の構造を崩してしまうか、大量希釈、つまり溶液を薄める必要があり、そのほかの作業も面倒でした。逆に「オン」から「オフ」に戻すには加えた変性剤を再び取り除き、崩したたんぱく質の構造を再び折り畳み、希釈した溶液を今度は濃縮します。それでもうまくいかないこともあるのです。これらの煩雑な作業が単にストレプトアビジンを加えるだけでいいのです。
広報部 そもそもこの分子構造を設計できたきっかけは何でしたか。
日高講師 前に在籍した京都薬科大学の研究室でも、ビオチンを使った阻害剤について研究していました。たんぱく質を回収するのに使う前述の「スペーサー」は、普通はある程度の長さが必要です。逆転の発想で、「スペーサー」をなくして直接ビオチンを阻害剤につないでしまえば、阻害剤は同時に別のたんぱく質とは結合できなくなるので、阻害する働きはなくなるはずではと考えました。
新型コロナウイルスの治療薬や検査試薬の開発にも期待
広報部 プロテアーゼはビールの混濁防止、チーズの製造など生活の中で幅広く使われていますね。この技術はどのような分野に応用できますか。
日高講師 原理的には阻害剤の種類を変えれば標的にするさまざまなたんぱく質に適用できるはずですので、さまざまな分野に応用ができますし、医薬品としてプロテアーゼを用いることも可能になると期待しています。エイズウイルスも時間がたって変異が混じると薬剤耐性ができて薬がきかなくなると言われます。既に血液成分からHIVプロテアーゼを取り出して「オン」にして酵素活性を調べられることを実験で確認しています。この技術を利用すれば検査薬になりますし、治療薬に耐性があるかどうかも分かります。ウイルスのプロテアーゼを室温で長期間保存できるこの技術を使えば治療の研究が進むと期待が持てます。今、世界の懸案事項になっている新型コロナウイルスの治療薬や検査試薬の開発につながる可能性もあります。
広報部 利用してもらえると期待できるのはどんなところでしょうか。
日高講師 大学や製薬会社の研究室です。開発の対価として価格もやや高いので、まだ利用は限られています。製薬の実験などを中心に使っていただきたいです。販売開始に向けて学内の研究支援センターの皆さんにもお世話になりました。