―後編― 人文学部の「これから」を考えるフロントライン

卒業後に視点を当てて
学生をフォローアップする

司会
人文学部の今後のことに少し目を向けてみようと思います。何か、お考えになっていることがあれば、忌憚なくお聞かせください。
清水教授
私が気になっているのは、大学を卒業した後の学生へのケアです。一時期、皆が就職しないでフリーターやアルバイトでいいや、という生き方が流行しました。そのツケが回ってきていて、食べていけていない若い人たちがいます。そんな状況のなかでは、大学が、卒業後もきちんと就職の面倒を見るということが必要なのではないでしょうか。大学の余裕がどれだけあるかも考えなければなりませんが。人文学部では「5.5年教育」をうたっていますが、卒後1年ではなく、もっと本当に面倒をみなければいけないのではないかと思っています。
久保田教授
ゼミの充実は、今後も継続して大きな課題だと思います。清水先生のお話に関連していえば、就職指導もそうです。就職したくないというような学生がいれば、きめ細かく対応して懇々と説き明かしていかないとならないと思います。君たちが働いて、税金を払わないでどうするんだというようなことを学生に説いたりしながら、ですが。学生を見ていると、そうしたことを誰にも教わっていないという気がします。
清水教授
キャリア志向から、セレブ志向や玉の輿願望など、時代によって価値観が変化し、多様化して、今の学生にとっては何が幸せなのかわからなくなってしまっているのでしょう。
久保田教授
今や政権が変わって、子ども手当ての支給などの政策によっては再び価値観が大きく変化する可能性はありますし。
清水教授
一時期よりも、パラサイトは少なくなりました。不景気の影響で、最低限は稼がないと駄目ですし、いつまでもアルバイトでは食べられないのだという認識は広まっているようです。
久保田教授
昔のように、ここを辞めれば生きていけない、というような気持ちで勤めている人はいないようです。いつクビになるかわからないような状況ですし。
清水教授
そうした意味でも、大学時代に大人になっておく必要があると思います。たとえば、時間を守る、あいさつをするといった基本的なマナーはぜひとも身につけさせたいと思います。人間心理学科では、「チコク(遅刻)はジゴク(地獄)キャンペーン」と銘打って、厳しく指導しています。実際、病院や社会福祉施設などで実習をするときになって、遅刻したり、挨拶ができなければどうしようもありません。それがどんなに恥ずかしいことか、ここにいる間に、本人がギアを変えるまで指導したいと思います。

学生とできるだけ付き合う
手づくりの教育を継承

久保田教授
社会的な背景もあるのか、基本的に、今の企業には若い人たちを育てるという余裕がなくなってきています。そうしたことを踏まえて、大学での指導も変わっていかなければならないかもしれません。
伊藤教授
新入社員が、入社して1~3年で辞めてしまうというのも、能力の問題というよりは、かかっているストレスが昔とは質が違うという部分もあるだろうと思います。
水本教授
そうしたストレス社会に学生を送り出すわけだから、大学はどこかでストレスを発散できるような「趣味人としての教養」を身に付けさせるということも考えなければならないかもしれません。
伊藤教授
いずれにしても、激しい実力主義にさらされてリストラされても、持っている教養でしぶとく泳ぎ抜け、というのが、人文学部教育の根幹です。
久保田教授
もしそうであれば、学生に、人文学部でこれからの人生を生き抜いていけるエネルギーやバイタリティを養ってもらう必要があります。
伊藤教授
そうです。それは、知識や教養を含めて、すごく可変的な要素を自分の中に持ち、ゆるやかに成熟していて使い減りしないものを持たせるということです。
久保田教授
それが多分、人間力とかいうものでしょう。
伊藤教授
使い減りするような専門知識とか10年経ったら古くなるような知識とかではなく、もう少し人生をゆっくり考えられるような素養です。
水本教授
今後も、人文学部が作り上げてきた伝統である、学生を“手づくりで育てる”ことは、ずっと継承してもらいたいと思いますね。スマートで宣伝も上手な大学、ブランドのようになっている大学などもありますが、本学部は、手づくりなんだぞというような部分を絶対に失くしてはならないと思います。
久保田教授
目に見える資格や検定のようなことも大事ですが、それはメインではない。
伊藤教授
人と人との関係だと思います。学生と付き合う絶対的な時間量みたいなものでしょうか。人文学部の教員は、学生とできるだけたくさん付き合って、たくさんしゃべってあげて、そのなかで学生に影響を与えることのほうが、授業の形態やカリキュラムの内容よりもむしろ、学生たちには記憶に残ってくるのではないかと思います。
久保田教授
パソコン教育も語学教育も大事ですが、そこから新しいものは何も出てきません。
伊藤教授
人間関係を大事にしたり信じないと、人文学部は成り立ちません。それから最後に、現職の学部長という立場で言わせていただけるとしたら、一つは「不易流行」です。流行の部分はもちろん必要なのだろうが、とくに人文学部は、絶対に不易の部分は捨てては駄目だということ。100年前、200年前に戻ってでも維持すべきものがあるのなら、そこは古典学でも何でもいいのですが、大事にしておきたいと思います。それから、人事的な新陳代謝ですが、これは否でも応でもそうなっていくはずです。この10年で教員20人がやめていくわけですから、人事をきちんとすれば、人文学部は絶対もっとよくなると思っています。若い方を採用する人事をすれば組織は活性化しますし、そうした馬力を活かしていただいて、われわれも老境に差し掛かりましたけれども、最後に若い教員と一緒に何かやれるかなあと思っています。

《座談会出席者プロフィール》

現学部長 伊藤 茂 教授
  • 1949年生まれ
  • 現人文学部長(2008.4~)
  • 専門は日本の芸能・演劇
第五代学部長 清水 寛之 教授
  • 1959年生まれ
  • 第5代人文学部長(2006.4~2008.3)
  • 専門は認知心理学・認知発達心理学
第四代学部長 水本 浩典 教授
  • 1949年生まれ
  • 第4代人文学部長(1998.4~2006.3)
  • 専門は日本文化史
第三代学部長 久保田 重芳 教授
  • 1943年生まれ
  • 第3代人文学部長(1992.4~1998.3)
  • 専門はアイルランド文学

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“おもしろがる”人物図鑑/現役生編-1
私と人文学部

さまざまな人の想いを文章にする―
そんな、将来の夢に向かって奮闘中

人文学科 2年次生
深澤 夏紀 さん

私は現在、『人文通信』という、人文学部が発行している広報誌のスタッフとして、誌面の企画・編集、取材や原稿の書き起こしなどを担当しています。そもそもこの『人文通信』は、インターンシップの一環として実施されている、専門科目のひとつ。人文学部の学生であれば、2年次から履修することができます。私がこの授業を履修したのは2年次の後期からです。私が提出したレポートが、授業の最後によく文章がまとまっている事例として取りあげられることが多かったこともあり、2年次に進級するときには、将来ライターや編集者になりたいと漠然と考えるようになっていました。そこで、この授業を受けることにしたのです。これまで、誌面の企画を考えたり、人文学部の卒業生の方や在学生の先輩にインタビューをして記事を書いたりしました。すべての作業が楽しく、充実した経験を積むことができています。特に印象的だったのは、意匠設計の専門家になるために、いったん大学を離れて建築の専門学校に入学して卒業したものの、人文学部に再入学した3年次の先輩のお話。建物の意匠設計は、住む方のライフスタイルを想像できないと、ニーズに合ったデザインを提供することができない。そのために、心理学から歴史や芸術まで幅広く学べる人文学部に入学したと語っていたのが心に残っています。先輩がおっしゃるように、人文学部は学べる範囲が非常に広いので、どん欲に知識を吸収しようという姿勢があればとても充実した学生生活を過ごすことができます。また、興味や志向の方向転換をしやすいのも魅力です。夢を実現するために、これからも真剣に授業に取組み、自分への探究や、疑問への追求をしていきたいと思います。

“おもしろがる”人物図鑑/現役生編-2
私と人文学部

目標のある人もない人も
何かしたいことを見つけられる学部

人文学科 1年次生
中村 さつき さん

私はもともと、中学時代から演劇活動を行っていたこともあり、舞台にはずっと興味を持っていました。高校3年生のときに、演劇を学ぶことができ、フィールドワークを行う授業が多い本学の人文学部に入学しようと決心。ただ、入学してみると、学ぶ内容が幅広く、当初はやや戸惑いもありました。そこで、自分の興味ある分野だけでなく、視野を広げるために、とにかく積極的に多くの授業を受けることにしました。すると、演劇以外のさまざまな学問領域に興味を持つようになり、面白いと思えるようになりました。今後も、積極的にいろいろな授業を受けていきたいと思っています。私は現在、1年次生は履修登録できない「イベントスタッフ」というインターンシップ授業に“見習い”として参加し、人文学部が主催するイベントの手伝いなどをしています。最近では、3年次生のための「シューカツ第一歩の会 Sunshine of Job」という就職ガイダンスの学生スタッフとして参加しました。このガイダンスは、各業界で活躍している卒業生が来学し、それぞれの業界の内情を語るというものです。私は、卒業生が語る内容を考えたり、当日の運営スタッフとして現場のサポートにまわったりしました。こうした体験は初めてだったため、右往左往しているうちに不完全燃焼のまま終了してしまいました。これからはこの教訓を生かして、もっと充実したイベント作りをしていきたいと思っています。人文学部での学びは、私の興味が演劇から多方向に広がっていったように、明確な目的があってもなくても、授業に臨む姿勢次第で大きく自分の世界を広げていけることが特徴です。“勉強することが楽しい!”と思える学部ですので、ぜひ好きな分野を探しに来てください。

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