2017年1月 音楽の演奏を通して 教養あふれる「大人」を育成in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 音楽の演奏を通して教養あふれる「大人」を育成 宇野 文夫 人文学部 教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 音楽の演奏を通して教養あふれる「大人」を育成 宇野 文夫 人文学部 教授

心や感性を耕して深みのある「大人」に

私の専門は、現代音楽の作曲です。子どもの頃にピアノを習っていましたが、作曲家、演奏家になるつもりはありませんでした。10代の頃に、クリエイティブなことをやろうとしている人たちの音楽、例えば「プログレッシブ・ロック」(1960年代後半にイギリスを中心に生まれた前衛的・実験的ロック)などに影響を受けたのがきっかけで、現代音楽の道に進むことになりました。20世紀以降、音楽はそれまでの伝統的なクラシックから抜け出した段階に入り、いろいろなアイデアを取り入れた音楽が生まれました。そういった動きの中に、自分も身を投じたいと思ったのです。特に作曲をやろうと意識したのではありません。新しい音楽を聞き、なぜこんなに面白い音が鳴るのか、どのような作曲技法でこの音が作られているのかを考えることが、作曲につながっていきました。

神戸学院大学の人文学部は、広く教養を身に付けるため、いろんなジャンルの学問や芸術を体験させる学部として始まりました。その中に音楽も組み込まれています。専門科目の授業では、音楽の基本的な理解のために、「音楽史」を教えています。歴史の流れとその中での音楽の位置づけ、作曲家が世に出た背景などを学ぶプログラムで、2年次の前期から3年次の後期まで講義を受けると、バロック音楽から現代の電子音楽まで網羅できるようになっています。ゼミでは、ピアノを全員に弾かせています。全くピアノを弾いたことのない学生も含めて、ピアノに触らせ、最終的にはゼミのみんなに聞いてもらう発表会も行います。ピアノをほとんど弾けない学生も「難しい」と口では言いながらも、やり始めると楽しいらしく、喜んで挑戦している様子が見られます。またピアノだけでなく、歌も歌わせています。

音楽のことを考え研究するためは、実際に演奏したり歌ってみることで、音符の仕組みを多少なりとも理解していることが必要です。例えば、「この曲のこの部分に魅力を感じる」ということを人に分かってもらうためには、それが何小節目の何の音なのかを説明できなければなりません。音符は鍵盤の白鍵に応じて作られているので、実際に鍵盤を弾いてみることで、その仕組みが理解できるようになるのです。また音楽を聴くにしても、自分が一切演奏したことがないよりは少しでもかじっていた方が、プロフェッショナルのすごさがより深く理解できるでしょう。演奏するといっても専門的な技術を磨くということではなく、一歩そこに近づくこと。文献を読むのとは違う次元で、音楽というものがどういう世界なのかを体験することが大切です。

音楽を含む教養は、多くの人に必要なものです。「社会に出たら“大人”が相手だ」とよく学生に話すのですが、大人とは、社会に出て直接役に立つ知識だけでなく、教養を身に付けて心や感性を耕してきた深みのある人間のことです。学生には、大学時代に見返りを求めるものでないところで自分を鍛えていく、豊かにしていくということをぜひやってほしい。その一つが、音楽を学ぶことだと思います。

音楽で地域貢献「グリーンフェスティバル」

神戸学院大学は、1988年に約700人を収容できるメモリアルホールをつくりました。それを機に演奏会を無料で催したところ、地域の方々に好評で「ぜひ続けてほしい」という声が上がりました。そこでスタートしたのがグリーンフェスティバルで、以来29年間、地域住民の方や本学関係者に向けてクラシック音楽や日本の古典芸能・演劇など一流の舞台芸術を提供しつづけています。大学が演奏会などの舞台芸術を通して地域に貢献することは、今ではそれほど珍しいことではなくなりましたが、本学のグリーンフェスティバルはその先駆けともいえる催しです。普段は音楽をあまり聞かないという方にも親しみを持っていただこうと、事前に曲や作曲家などについて解説する「ミニ・レクチャー」を付けたり、来場者から出演者への質問を募集し、その内容についてインタビューするような、観客と出演者との交流も図っています。

私が担当する演奏会では、とにかく興味深く面白いものを提供することを念頭に置き、私が実際に演奏を聴きに行って良かった演目や、私自身が聴きたいと思うものを選んでいます。私の専門分野である現代音楽も取り入れ、現代音楽を聞いたことがないという方にとっても、コンサートがそういった音楽との良い出会いになってくれればと思います。今年は、4年に1度開かれている「神戸国際フルートコンクール」の年で、「神戸国際フルート音楽祭」が開催されます。グリーンフェスティバルも神戸国際フルート音楽祭とタイアップし、春の演奏会はすべてフルート関係の演目にして、演奏会2回とレクチャーコンサートを1回行う計画です。

日本人の音楽的素養を高めたい

音楽大学ではない場所で音楽教育に携わる機会を得たことで、日本人全体の音楽的素養を高めることが私の目標の一つになりました。すでに音楽的素養を持つ学生の能力はさらに伸ばしつつ、それ以外の学生も少しでも音楽的素養が身に付くように指導していきたいと考えています。グリーンフェスティバルで、音楽を研究する学生や大学院生に曲目の解説を書いてもらうなど、音楽会の企画にも携わってもらえたらと思っています。

また、現代音楽の魅力を伝える活動にも今後ますます力を入れていきたいと思っています。現代音楽には、同じ空気を吸い、同じ時代に生きている、同じ時代の人々の問題意識や喜びが満ち溢れています。それは、バッハやベートーベンには無いものです。そこに現代音楽の面白さがあるのです。

音楽というのは、既にあるものを聴いて楽しむだけではなく、どんなものか知らないけれど聴いてみるというものであってほしい。知っている音楽、既にある音楽しか聴けない、ということではいかにも博物館的です。本来の芸術とはそういうものではありません。ジャズには即興演奏があり、多くの民族音楽にも即興演奏が入っています。音楽はその場その場のものなのです。オープンキャンパスでは、学生に私が作曲した新曲を演奏してもらいました。短い2分程度の曲ですが、出来たての新曲を初めて聞いた体験は、学生にとって貴重なものになったのではないでしょうか。新しい音楽を聴く時のワクワクした気持ちを、学生にも、世の中の人々にも楽しんでもらいたいですね。

Focus on lab
―研究室レポート―

宇野先生のゼミでは、芸術が生まれている現場に立ち会って本物を聴くことが、音楽を学ぶスタートになるという想いから、演奏会を聞きに行くことも課題の一つにしています。卒業研究では、テーマに「演奏」を選ぶ学生もいるとのこと。論文を書いた上で、本人の演奏を録音して焼いたCDを付けて提出するとのことです。宇野先生が、学生のために新曲を提供することもあるのだそう。「聴いたり演奏したりさまざまなアプローチで、学生の中に音楽に対する構えのようなものが育つのを期待しています」と宇野先生は話します。

プロフィール

1983年 武蔵野音楽大学 音楽学部 作曲学科 卒業
1985年 武蔵野音楽大学大学院 音楽研究科 作曲専攻 修了
1990年~1991年 埼玉県入間郡大井町(現ふじみ野市)大井東中学校 教諭
1991年~ 武庫川女子大学 音楽学部・共通教育部・生活環境学部 講師
2001年~2002年・2007年 神戸学院大学 人文学部・共通教育科目 講師
2006年~2010年 神戸大学 発達科学部 講師
2008年~2013年 神戸学院大学 人文学部 准教授
2014年~ 神戸学院大学 人文学部 教授

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