2014年10月
インスリンを飲み薬に。
医療に貢献する優れた製剤の開発を目指して
飲み薬として体内に吸収させる「薬の乗り物」を開発
2012年に神戸学院大学 臨床薬学部門の教授に着任し、研究室の名前は、研究内容を表す「薬物送達システム学」と名付けました。研究室の主な研究テーマは「経口バイオアベイラビリティを改善する次世代ストラテジーの開発」です。分かりやすく説明すると、薬効が優れていても水に溶けない薬、飲んだら分解してしまう、あるいは分子が大きすぎて体内に吸収されない薬などを、注射ではなく飲み薬として体内に吸収できるようにする研究です。イメージとしては、カプセルのような「薬の乗り物」の開発。どんなに吸収されにくい薬でも、体内の必要な場所に、必要な量を必要な時に届けてくれる「万能の運び屋」を開発することが目標です。
現在開発中の「経口インスリン」もまったく新しい薬物送達技術を用いて、注射でしか投与できない糖尿病治療薬のインスリンを飲み薬として使えるようにしたものです。もともと0.1%しかなかった吸収率を、約20年の研究を経て、約20%にまで高めることに成功しました。注射に対する患者さんのストレスを軽減することができるため、病院・薬局や患者さんからも直接、臨床開発を期待する声をいただいており、数年以内の臨床試験(治験)を目指しています。この薬物送達技術は国内および海外の学会や製薬企業からも大変注目されており、世界中からたくさんの講演依頼や取材の申し込みをいただいています。またこの技術は、本学着任後、当研究室の亀井敬泰講師とともに脳をターゲットとしてさらに発展しており、アルツハイマー病や自閉症など難治性中枢神経系疾患治療薬の開発に向けてさらなる研究を進めています。
最先端の研究者や多文化との交流が盛んな恵まれた環境
薬学部があるポートアイランドは、神戸市によって神戸医療産業都市として、先端医療技術の研究開発拠点に位置づけられています。本学の近くには、理化学研究所をはじめ、先端医療センターや神戸市医療センター中央市民病院など多くの医療・研究・産業施設が集結しており、施設・設備の相互利用、共同研究などがしやすく、研究者や学生にとって大変恵まれた環境です。私自身も、理化学研究所の研究員の方々と研究プロジェクトを進めており、研究員の方に本学大学院の非常勤講師として最先端の講義をしていただくなど、学生にとって大変貴重な交流の機会を得ています。
また、本学ならではの特長と感じるのは、薬学部が米国の多くの大学と交流協定を結んで、国際交流を盛んに行っているということです。協定校から毎年春と秋に客員講師をお迎えし、最新の薬学の講義を一年次生から受けることができます。アメリカ薬学研修旅行も2年に1回実施されており、二週間に渡り米国の病院や製薬会社を見学します。日米における薬学教育や薬剤師の職能の違いを知るなど貴重な経験ができるこのプログラムは大変素晴らしいと感じています。
私の研究室ではエジプトやデンマーク、タイなどから研究員や留学生を受け入れていますが、学生たちは驚くほど打ち解けるのが早く、自然に異文化交流をしています。若い時代に外国人や多様な文化に幅広く接して知識を交換できるのはとても良いことだと思っています。
薬剤師として現場で活躍する力をつける
本学部は「物性」「分子」「生命」「臨床」「社会」の5つの薬学部門に分かれています。臨床薬学部門には医師免許を持つ教授が2名おられて、薬学系教員とともに上級学年の学生実習を担当されています。この先生方から「医師という視点」に立った薬剤師教育を受けられることも大きなメリットです。
本学部の学生たちは、こうした恵まれた環境で6年間、薬について「物質」としての化学的な側面から「治療」に至る臨床的側面まで、実に豊富な知識を得ています。だから卒業後は自分は「薬のスペシャリスト」であるという自信を持って欲しいと思います。実際に薬を使うのは医師ですが、医師は診断や診療に忙しく薬の勉強にそれほど多くの時間を割くことはできません。薬剤師は「薬のスペシャリスト」として、医師に頼られるべき存在であることを強く意識し、同時にその期待に応えられるよう日々研鑽していくことを願っています。
出会いを大切に。研究マインドを持った薬剤師を育てたい
基礎研究が臨床で活かされるのがトランスレーショナル・リサーチですが、逆に新薬などの臨床現場における問題点や疑問点を基礎研究者にフィードバックすることをリバーストランスレーショナル・リサーチといい、薬物治療をさらに安全に有効にするものとして、現在、重要視されています。リバーストランスレーショナル・リサーチを担えるのは現場の薬剤師です。この期待に応えるために、物事を深く考え「研究マインド」を持った薬剤師をぜひとも育てたいと思っています。このことは何より将来、医療や患者さんへの大きな貢献に繋がることになるでしょう。
私が薬学の道に進んだのは、高校時代の恩師が「化学を学びたいなら薬学に進学しなさい」と勧めてくださったのがきっかけです。大学時代には、研究者としての道筋をつけてくださった恩師・永井恒司先生との出会いがありました。研究者になってからも多くの人との出会いが研究の進展につながっています。学生たちにも人生の「出会い」を大切にしてほしいと心から願っています。
武田 真莉子 プロフィール
1982年、星薬科大学 卒業。84年、星薬科大学大学院修士課程 修了。93年、博士(薬学)取得。93年~02年、星薬科大学 助手。00年~01年、米国Thomas Jefferson University 医学部Assistant Professor。01年~02年、米国Drexel University 工学部Assistant Professor。02年~05年、星薬科大学 専任講師。05年~12年、星薬科大学 准教授。12年より現職。
主な研究課題
- 薬剤学、薬物動態学