2009年3月
心の問題に脳からアプローチし最新の心理学を追及する“ポジティブ”なサイコロジスト
人の心を揺るがす、
脳のダメージ
知的障害や情緒障害などの心理的な障害は、どのように発生するのか。脳へのダメージという観点から、そうした課題にアプローチするのが医療心理学です。最近この領域に関連して、事故や病気が原因で脳に障害が生じて、記憶できない、言いたいことをうまく言葉で表現できないなどの症状が見受けられる、「高次脳機能障害」への注目が高まっています。私は、認知症(痴呆症)※の高齢者に対する心理的なケアを主な研究テーマとして取り組んでいますが、彼らの多くも何らかの高次脳機能障害をいくつも併発しているケースとして見ることができます。例えば、突然騒ぐなどといった認知症患者の一見不可解な行動も、脳のダメージによる認知障害と、それによって引き起こされている不安による可能性が高いと思います。そういう事実を、もっと広く世間に知ってもらえれば、介護者など周囲の人々もやみくもに彼らを否定することなく適切な対応をとることが可能となり、症状の改善にもつながるだろうと期待しています。
※2004年に痴呆症から名称変更となった。
4つの多様な心理領域を網羅し、
地域に貢献する本学の学び
実は、こうした医療心理学領域の教育を行っている大学は、日本では医療系の大学を除くとほとんどありません。本学の人間心理学科は、これに加えて発達心理学、社会心理学、臨床心理学を併せた4つの領域を学ぶことで、総合的な心理学の知識を身に付けることができるのが強みと言えるでしょう。本学では、2008年4月に大学院人間文化学研究科心理学専攻が新たに開設され、2009年4月からは、臨床心理士養成の指定校となる予定です。また、大学院人間文化学研究科心理学専攻の開設に伴い、大学院生の臨床実習に利用するための教育研究施設として、有瀬キャンパス内に「心理臨床カウンセリングセンター」も設立されています。ここでは、不登校など子どもに関する問題から社会人の抑うつの悩みまで、幅広い相談に対するカウンセリングを実施しており、私もスタッフの一員です。これまでに行政やNPOなどと連携した研究会なども開き、すでに2008年度にのべ300人以上の相談者がこの施設を訪れました。当センターは、地域に広く大学の「臨床の知」を還元するという意味でも着実な実績を築きつつあります。
よりよい人生を生きるための知を追求する
心理学の新しい潮流
20世紀の精神医学や心理学では、精神障害に対する多くの知見を得ました。「障害」というと重度のイメージがあるかもしれませんが、ちょっとした精神的な不調も含めて障害と位置づけられています。そして21世紀に向けて、これまでの病理に焦点を当てた研究に加えて、最近最も注目されているのが「ポジティブ・サイコロジー」です。一度マイナスに落ち込んだ心がプラスに上昇していくその力とは、いったい何なのか。そうした、本来人間が備えているはずの前向きな心の働き、強さを分析し、科学的に研究していこうという新たな潮流が生まれています。実際、パラリンピックのメジャー化に象徴されるように、身体や精神も含めてさまざまな障害に対する私たちのイメージは、以前に比べると随分“ポジティブ”になってきていると感じています。WHOの障害分類も今世紀に肯定的な形に変わりました。今後は、人々が個々の特性を生かしたよりよい人生を送るための手段として、これまでは哲学や教育があつかってきたような価値に関わるテーマにおいても、心理学の手法が利用される場面が増えるのではないでしょうか。私自身も、そうしたより“ポジティブな”方向へと進み、医療心理学の可能性を追究していきたいと考えています。
プロフィール
東北大学文学部心理学専攻卒業後、同大学院医学系研究科前期課程修了(障害学修士、医学博士)。東北大学医学部助手を経て、神戸学院大学人文学部人間心理学科勤務。医療・保健機関臨床心理士(精神科、リハビリテーション科他)。公立中学校スクールカウンセラー。
主な研究課題
- 高齢期や認知症などの障害理解と心理学的援助の研究
- 心理学的援助の統合的(生物・心理・社会)モデルの研究
- 思春期・青年期の健康リスク行動に関する心理学的援助の研究
- 公立中学校スクールカウンセラー(宮城県、仙台市、神戸市)
- 思春期フォーラム講師
- 特別支援教育巡回指導員(神戸市、明石市)
- 明石商業高等学校評議員
Focus on Lab ―研究室リポート―
石﨑准教授は、高齢者などの研究やケアのために医療機関に出向いたり、教育機関でスクールカウンセリングを行うなど、積極的に外部機関との交流を図っています。特に、中学校や高校などで行っている生徒の性行動に関する調査やカウンセリングは、学校関係者や生徒に好感を持って迎えられているとのこと。「性行動に関する調査やカウンセリングを行う目的のひとつは、性行動に伴う健康リスクの軽減を図るためです。今の高校生は性行動に対する考え方が全般的に開放的なのにも関わらず、そうした行為によって生じる病気については驚くほど無知。彼らと年の近い学生が先頭に立って啓発活動を行うことで、少しでもそうしたリスクを減らすことができればと考えています」と、石﨑准教授。自身が担当するゼミナールの学生が中心となって、企画から現場でのアンケート調査やカウンセリングの実施までほとんどの作業を行っているそうです。学校臨床を行うことで、学生も確実に成長しているようだと、石﨑准教授は言います。「心理学を学ぶということは、対人関係を学ぶということとイコール。今後の人生で必ずプラスになることなので、学生には、自分に自信を持つ手がかりをこの4年間で見つけてもらいたいですね」。